ほねつぎ (その九) 週明け、昼時に人がよく入り、 薬局を出られなかった京楽が医院を覗くと、 休憩中の看板が掛かかっていて浮竹の姿は見えなかった。 一通り商店街の食べ物のサービス日を頭の中でさらったが、 思い当たらないので飲食店を覗くことにした。 浮竹は蕎麦屋にいた。 「いらっしゃいい」 京楽は頭を軽く下げて答え、浮竹のいるカウンター席の隣に座った。 浮竹の膳を覗くと、そっくり残っている。 「食べてないじゃない。食欲ないの」 「京楽か。そんなことは無い。忙しかったから」 ちょっと咳き込む。 「ねえ、風邪治らないね」 「熱を出した後は、ビタミンCが壊されているから、意識して摂るといいよ」 「さっき八百屋でみかんを貰った」 「君は貰いもののよくする男だねえ」 「羨ましいか? 後でお前にも……やろうか」 と少し苦しそうに咳をしながら言った。 「浮竹、顔色悪くない?」 「風邪を引いているからな」 浮竹は咳を拳で塞いで、少し背を丸めた。 「大丈夫かい。午後の前にうちにおいで。それから病院で一度ちゃんと診てもらいなさい」 「いや、平気だ」 「その方がいいと、俺も思いますよ」 会話を聞いていた海燕がカウンター越しに言う。 「ちょっとトイレ――」 そう言って浮竹はコンコンと咳をしながら席を立った。 「海燕君、浮竹変じゃない?」 「そうですね。いつも変ですけど、最近はあんまり元気がないですね。体調悪いんですか?」 「体調はいつも悪いんだけど、それでも彼、元気じゃない。それが最近あんまり元気もないみたい」 「あんまりこじらせないで下さいよ」 「……」 「何。あれえ? 僕?」 「さあ」 昼を過ぎて客もまばらな店内で、 遅い昼食をとる客は昼休みの昼食客と違ってゆったりと過ごしている。 木目調を生かして作られた店内は居心地が良い。 蕎麦屋の親父と言うには少し若いが店主も気風が良くていい。 浮竹が好んで通う店の一つである。 と、茹で湯の湯気を浴びながら、こちらに向かって海燕が言った。 「……遅くないすか?」 同じ事を考えていた京楽は頷くと、手洗い場に向かった。 「浮竹え?」 「どうした、腹でも下したかい?」 男女兼用の個室の木戸をトントンと叩くが、返事がない。 「……浮竹?」 いぶかしんでノブを握ってみる。 戸は当然中から鍵が掛かっていて開かない。しかし返事も人が動く気配もない。 「海燕君!」 様子を察した海燕が京楽に向かって声を張った。 「戸は、上に持ち上げて回すと蝶番のトコが外れます!」 「どうも!」 言うなり京楽は木製の戸の下から指を差し入れて持ち上げた。 ガクンと何か外れた手応えがする。手前に引いて横から手を滑り込ませ、 両手で持ち上げると戸は完全に取り外せた。 「!」 便器に肘を付き、もう片方はだらりと床に垂らして浮竹は倒れていた。 浅緑色の施術着の胸が真っ赤に染まっている。 それで収まらず床までも濡れていた。 黒っぽい床板で色がよく分からないがおそらく赤い。 京楽は強烈なフラッシュバックに襲われる。 真っ青な顔。 色のない唇。 伏した体躯と血に染まった施術着、散らばるカルテ。 吐き出される血の泡。 自分の動悸を耳に打ち鳴らされながら、蛍光灯の明かりに照らされて見た光景。 京楽はそれらを全て思い出したが、 体を止めたのも思考を止めたのも一瞬の事だった。 機敏に動き、処置をする。 息を吐く。幾度となく息を吐く。冷静になれと、息を吐く。 続 0715.2011 |