ほねつぎ (その三) 小さな個人商店の並ぶ商店街の一角に、「ほねつぎ 浮竹十四郎」はある。 院の古めかしい木看板は、浮竹十四郎と同名の祖父の浮竹十四郎によって 書かれたもので、その豪胆達筆な墨文字で通りの目を引いている。 人より少し虚弱な身体に生まれついた十四郎は、歩き出す前から あらゆる病気に罹ってはその度にその両親の寿命を縮めさせた。 そこで両親は自分の親でとりわけ丈夫で知られる浮竹家の男、「ほねつぎの 十四郎」の名をあやかり願って我が子に頂き、改名した。 その効験があったかどうかその後も変わらず十四郎は病弱で通し、 一度ならずも生死をさまよう大病を経験しながら、今こうして 元気で働いているのはじいさんのおかげだと、そう本人は信じている。 それから十四郎は学校を出ると真っ直ぐ祖父の医院を継いだ。 「僕は放蕩だからね」 京楽春水は言った。 「そんなことはない。勉強家だ」 京楽は振り向いて浮竹を見た。 京楽は浮竹十四郎のそんな曇りのない目を見ると少しだけ己を省(かえり)みてしまう。 「大学を二つも出るなんてよほどの勉強好きじゃないと出来ないぞ。 しかも医学部6年、薬学部6年で合わせて12年も勉強するなんて俺には到底出来ない」 「僕は医者の息子という理由だけで医学部に入ったけど、 意外に薬学の方が面白くなっちゃってね…しかし医師免許取得が 条件だったから長くかかっちゃっただけだよ」 京楽は市内の京楽病院の院長の息子である。この薬局とは少し距離があるが、 ここでも京楽病院からの処方箋をもちろん扱っている。 京楽は偽りなく感心してみせる浮竹に答えて微笑んだ。そして、 「きみは働きすぎだね」 と言った。 「もう一人雇えればいいのに」 「金がない」 「ん。じゃあ診療時間を短くしなさい」 「痛いってのは辛いんだぞ」 「きみ一人で朝9時から夜8時までなんてきつい。それでなくても お前さんは、早朝でも休日でも呼ばれれば飛んで行くじゃないか」 「爺さんの方針だ」 「きみときみのお爺さんとは違う。自分の身体のことを考えなさい」 「もう治ったさ」 「そんなことを言っていい加減にしていてまた再発したらどうするの。 過労は命取りだ」 京楽は手を止めて浮竹を見た。 「あの時僕がどんな思いを…」 「…メ、メンチカツ」 「?」 「ボール…」 「…」 京楽は浮竹の意図を汲んで閉口し腕を組んだ。 「メンチカツボール!買ってあるって言うから来たんだぞ!少し高いから我慢していたが大好きだ! しかし出てこないならもう帰る!」 「千切りキャベツもつけました」 「本当か!大好きだ!」 どっちが?と聞こうとしたがやめておいた。 京楽は指を組んで顎を乗せ、自分の用意した昼食、 浮竹の通う肉屋の、球形に丸めて揚げられたメンチカツボールと 千切りキャベツ、わかめに麩を浮かべた味噌汁とご飯という 単純なメニューをうれしそうに食べている浮竹を向かいに座って眺めていた。 「京楽…」 口をもぐもぐさせながら浮竹が言った。 上目遣いに自分を見る。ああパン粉が口の端についている。 手を伸ばしたいが、それもやめておく。 「お前さ…」 「なんだい?」 「あのさ…この前…」 「うん」 「…いや。なんでもない」 「途中でやめなさんな、気になるよ」 「いいんだ。またな。美味かった!ありがとう」 十四郎が胸に病を得たのは幼い頃で、 知り合った時にすでに彼の髪は白かった。 彼はそれをどうにも臆さずに笑っていた。 「疲れたらすぐ休むんだよ」 「分かった分かった」 その笑顔はあの時と変わらない。 続 May−0606.2011(0727.2011加筆・訂正) |