ほねつぎ      (その二)




「先生〜お昼かい?」
「そうだようー」
「あ、お婆ちゃん、その後どう?」
「はい、お蔭様でいいんですよ。こうしてお買い物」
「そう、良かったねえ。でも無理しちゃダメだよー」
昼の賑わう商店街を、施術着に淡い色のカーディガンを羽織って、サンダルで そのまま出てきて自転車をこぎながら、浮竹が気軽に言葉を交わす。

春先の風が自転車の程よい速度で額の髪をくすぐっていく。自然と春風に鼻歌が混じる。

そこで少し先の、いつもの薬局の前で声が掛かった。
「浮竹、ちょっとおいで〜」
「なんだ京楽。急いでいるんだ」
「いいからおいで」
「今日は肉屋でコロッケが安いんだ」
「少しだから」
「68円なんだぞ」
「はいはい」
浮竹は毎度自分の抗議をいなして引き止める白衣の男のために、しぶしぶ自転車を止めた。


処方箋取扱いの薬局はソファにいつも待ち人がある。
その横を抜けて奥の部屋に入った。薬剤の入ったダンボールが整然としかし大量に積まれている。

「お昼の前に血圧測るよ」
京楽春水が浮竹を血圧計の前に座らせる。
「はい、袖まくって」
「ぐあ」
「ふざけない」
「しかしな、これいつも思うんだが締め付けがすぎないか?笑うぞ?」
京楽は浮竹を無視して、印字されて出てきた数字を見ている。
「低いね。もう一度測ろう」
京楽はゴムの管のついた血圧計を持って来て、 黒いマジックテープをべりっと剥がすと浮竹の細腕に巻いた。 片手でしゅっしゅっと空気圧を入れる。
「懐かしいな」
「手で測るのが一番正しく出る」
「やっぱり低い」
それから京楽は、浮竹の目の下をべろっとめくった。
「貧血」
「お昼を食べていないからだ。もういいだろう」
「よくない。倦怠感は?」
「ない。全然元気」
京楽はため息をついて、鉄剤を出してくる。
「あ、それやだ。うんこ固くなる」
「まあそう言わない」
「だって痛いんだぞ。出てこないんだぞ。切れるぞ」
「今ここで飲んでいきなさい。なんなら軟膏も出しておくよ」
「後で飲む」
「だめ。さぼるから」
「む」
「む、じゃない。君は自分の身体についての自覚が足りない。医者の不養生だな」
「医者じゃない。接骨医は柔道整復師だ」
「屁理屈を言うんじゃないよ」
錠剤を箱に戻しながら京楽がため息をついた。後ろから浮竹が、
「コロッケコロッケ」
と急かしている。
「はいはい。お昼食べたら午後までちゃんと休んで」
「了解。じゃあな」
とばかりに外に飛び出す。 京楽は出口まで見送りに出た。
「10分か15分くらい寝たらいい」
浮竹は自転車を跨(また)いだ格好で了承して、 京楽に笑顔で手を挙げた。
京楽はその笑顔に、ちょっとまぶしそうに頷いて後姿を見送った。












0221-0509.2011






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