LOVE & PEACE  11



まるで祈るような形で浮竹はその手を握っていた。
両手で包んで軽く頭を近づけ、かしずいているようにさえ見える。
長い髪が白い頬を包んでいるのでその表情は見えない。

男は、白く痩せて節のとがった指が自分の手に絡みついているのをしばらく満足げに見つめていた。


「顔を上げて、浮竹」
「可哀想に。こんなにやつれて……しかしもう大丈夫だよ。安心していい」
男の指がそっとその白い髪をよけてやると、伏せられていたアイスグリーンの瞳が露わになった。指はそのままつうっと頬を撫で下りた。それから薄い唇の形を優美になぞり、一周すると下唇のふっくらしたところにほんの少し力を込めて留まった。
「開いて」
囁きにもその男独特の声の深みは消えない。指を差し入れられると唇はそれに逆らわずに受け入れた。歯の一本ずつを確かめるようにする。
「怯えることはない。辛くはしない」
浮竹はゆっくりと目を閉じた。



男が浮竹の最後のボタンに手をかけた時、唐突に部屋のドアが開いた。
男は手を止めて、振り向かずに言った。

「知っているかな? 感情の中断は強いストレスとなるのだよ」
と少しの不機嫌さも見せないで侵入者に向かって言った。

「読書中に話しかけられるのを人は嫌うだろう。それは行為そのものを中断されて不快に思うのだと思われやすいが実は感情の中断によるストレスなのだよ。悲しみでさえ中断されれば人は不快に思うものだ」
「今まさに君がここへ突然入って来て、私の感情の中断をしたのだよ」
「……何の感情だかも興味がないよ」
京楽春水その場に立って、答えた自分の声の不機嫌さを隠せたか分からない。


巨大な一枚ガラスを使って作られた嵌め殺しの窓から見えるのはまるで空中にいるような景色である。派手で大きすぎる照明装飾を上品に見せているのは通常の部屋よりもはるかに天井が高く造られているからだ。その下のソファーに人形のように座る浮竹の、乱された姿を京楽は確かに見た。
そこは、すっかり馴染みになった高級マンションの、最上階に位置するオーナールームであった。


男は笑みを湛えて口を開く。
「浮竹は私なしでは生きられない。以前に言っただろう、浮竹はいずれ必ず私を選ぶと」
「……」
京楽は既視感とともに奥歯をかみしめる。
「人は自分より偉大なる存在というものを必要とするのだ。尊信し畏怖する事。そしてそのものからの守護の安堵と悦び。これを共に自分に与えてくれる者が」
浮竹から視線を離さずに眺め、唇だけで笑った。
「こうして見ている彼の顔は良く出来たビスクドールのようだ。美しい色のスリープ・アイがほどこされてある。また微笑めば見る者の心を和らげるだろう」
それから京楽にじっとりとして言った。
「だが微笑みより遥かに美しい表情を君は知っているだろうか。恍惚より苦痛の方が、よりその表情に近いと、そうは思わないかね?」
京楽は不愉快を強く露わにした。
「苦しむ姿が見たいという訳かい」
返す京楽にかぶせて言う。
「君は今、私の言ったことを理解した。それなのにわざと表現をすり替えたね。自分の感情を守るために。傷ついたかね?」
「……そうやって僕を挑発するのは何かの不安の表れにしか見えないよ、藍染惣右介」
側に浮竹を従えている男はその笑みの表情をすっと引いた。



「おいで」
誰に向かって言ったものか、藍染が振り向かずに呼び入れたのは、顔にそばかすのある、だいぶん大きめでだぶついた服を身に着けている小さな子どもだった。その子どもはこの場に不似合いなような、初めからいるような、不思議な違和感を伴って戸口に立っていた。
うー、と少し呻く。
藍染が何か目で合図すると子どもは京楽の側まで来た。
「あー」
この子は言葉が……?しかし京楽の思考は打ち切られた。子どもは京楽に手を伸ばしてきてそれが京楽を凍りつかせたのだ。
長い袖に巻かれた手で無造作に持っている黒いものは、銃だった。ほんの小さな子どもが、銃を持っていた。この日本で。京楽は前職のうちに拳銃の扱いを習った。見分け方も身についている。その重々しい鉄の塊は子どもに似つかわしいおもちゃなどではまるでなく、小さく柔らかな手に握られて不穏に鈍く光っている。

「こいつは……」
ゆるりと手のひらを上げて、人間は困るとこんな動きをするんだなという感想を持った。
「ワンダーワイス。いけない子だ。それはおもちゃではないんだよ」
藍染が微笑みをたたえて言う。

「あー…」

京楽は一歩下がった。
二歩下がった。
自分の足元がコツ、と硬質な音をたてた。

困ったな、この子なんだか読めないな。
「ねえ、きみ――」
京楽が話しかけようとした時、

ガン!

唐突に重い音が響いた。
次いで目の前が真っ暗になった。









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08312013 (09262013加筆訂正)


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