LOVE & PEACE  8




ガシャーンと大きな音を立ててトレイが床に落ちた。
倒れたコップの水が流れ、スープ皿の端が欠けた。

「わ、悪い…」
「いいよ、大丈夫」
京楽の声が硬い。
浮竹が食事に手を付けない。京楽が強引に近づけた皿を避けようとして、浮竹の手がトレイを落とした。
京楽は落ちたトレイに構わず、すくってあったスプーンの中のスープを飲まそうと、浮竹の顎を片手で押さえ、口もとにスプーンを差し出した。
かち、と浮竹の歯にあたる。
「一口でいいから食べなさい」
浮竹が弱弱しく首を振る。
「いらないんだ」
「いらなくても」
京楽は動物にするように噛み合わせを指で圧迫する形で無理に口を開けさせて、そこにスプーンをねじ込んだ。
浮竹の唇が零れたスープで濡れる。
顎を掴んだまま少し上向かせた。
「飲み込んで」
口を、不自由にされてつぐんだままの浮竹が首を振る。
「死にたいのか!」
苦しさからごほっと言って浮竹は口の中のものを吐き出した。
そのままむせって咳き込む。
吐き出されたものは口を覆った指の間から滴ってさらに浮竹の服を汚した。

京楽はこめかみを押さえるように片手で額を覆い、大きくため息をついた。
こんなはずじゃなかった。こんな風にしたいんじゃない。 今まで、自分はこんなふうにヒステリックなやり方をしたことはなかったはずだ。

何か焦燥めいたものが京楽を支配している。


「……浮竹。ごめん、ごめんよ」
荒く呼吸する浮竹の白い髪にも、それが撥ねて濡れていた。
「今、拭くものを持って来る。それと、水を。そのままじゃあ、口の中が気持ち悪いね」

浮竹はまるで自分の頭が重くてならないようにうな垂れていた。



数日間の熱が引いた後の浮竹はしかし始終ぼんやりとしているようになった。食事をしないためにさらに体が弱って日中のほとんどをベッドで過ごしていた。浮竹は眠っているかあるいは同じ静かさで何時間もじっと座っていたりする。中空を見つめているその瞳は何も写さなくなっていた。

京楽がトレイを片づけ、床もシーツもきれいにして、浮竹の服も着替えさせると、緩やかにコップを差し出した。
「さっきはごめん。水を、少しでも」
浮竹は戸惑いながらコップを受け取り、ほんの少しだけ、口に含んだ。
唇から一筋、水がつたい、落ちた。全方向からの重力に均等に押し潰されてできる球体が、一粒。

京楽はそれを眺めていた。


浮竹はまたぼんやりとしだし、京楽をその意識から遠のかせて行った。














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05172013-05242013


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