LOVE & PEACE   2          −楽々探偵事務所−




半日程前のことである。

「寒いかな。」

曇天の空は今夜夜半から降る雨を告げていた。
秋の外気温は天候しだいで冬の訪れを思わせる。
京楽は薄手のコートを出してきて羽織った。
それから浮竹を気遣った。
微熱の引かない浮竹は、急の寒さはもちろん気圧の変化にも対応できずにすぐに体調を崩す。

「きみはやっぱり留守番していて」
「いや、しかし」
「電話番、電話番」
「そうか…分かった」
「じゃ、行ってくる。あ、何でもいいからお昼を食べること」
浮竹が頷いて笑う。

京楽はもう一度、灰色の雲が重く立ちこめる空を見上げると、ビルの階段を下りた。





「はーい、ここですここですー」
昼時の混雑したラーメン屋に入ると、 店の中ほどから背の高い、奇妙に目立つストライプの帽子の男がひょいと手を挙げた。
すぐに気付いて京楽も軽く頷いて見せる。
「汚くてすみませんー。さて汚いラーメン屋には二つあります。 店主にやる気がない店、味が良いので掃除をしなくても客が来る店」
ぴん、ぴん、と長い指を立てる。
「ここは後者ですから大丈夫です〜。美味いですよ」

そしてやっと帽子を取って明るい髪の頭をぺコンと下げた。
「ご無沙汰しています」
「お久しぶり。喜助くん」
「はい」と答えて少しの間、浦原喜助は京楽のことをじっと見て、
「お一人ですか?そうですか」 
と言った。それから厨房に向かって手を挙げると、
「魚醤ラーメンを二つ」と注文をした。
「美味しいですよ」
他意なく笑う。


スタークとリリネットの件を京楽はこの男に頼んだ。自身は行政書士だが弁護士事務所の所長をしている変わった男だ。好んで面倒事に手を出すような所があり、そのために人脈も広い。
昼時のラーメン屋を打ち合わせ場所に指定したことを、
「これでも忙しい身なもので、すみません」
と謝った。
「それに外で内緒話をするには、適当にうるさくてちょうど良いでしょう」
「内緒話?」
「はい。あのお二人の件はお引き受けしまス。たぶん大丈夫でしょう。 スタークさんといいましたっけ?特に生活に問題はなさそうですし」
「うん。よろしくね」


話のきりがつくと浦原は、
「それで、こちらからもちょっと、頼みごとがございまして…」
と言って懐から一枚の写真を出した。机に置くと、すっと指で京楽に差し出す。
写っているのは髪の長い、グラマラスな美女だった。

「探していただきたいんです」
「誰?」
ずずっと汁をすすり、
「はい、聖なんとか病院のお医者さんです」
と言った。
「名前を、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク」
「美人さんだね」
「なるべく早く、探し出して欲しいんです…あの人より先に」
「あの人?」
「え、あ、いやあ。鬼ごっこして逃げてるんですって、その人」
「鬼ごっこ?そういうの今流行ってるの?」
「さあ。世間にはいろんな人がいるもんですねえ。世界中を周っているみたいですけど、今は多分、日本にいます」
「そう」
「あっと、それから、記憶障害をお持ちだそうです。自分の過去を忘れている」
京楽は目を細めた。
「こちらにある必要な情報は全て差し上げますから」
「だから、なるべく早く…お願いします」
「なんで、僕に?」
と喜助は帽子に手をかけた。
京楽はそんな喜助を見る。
帽子の下から喜助が、
「京楽さん、頼んだ私が言うのもなんですが、…お気を付けて」
と言った。

全ての手の内を見せない。この男はいつもそうだ。しかし京楽は軽薄な語り口の裏側にあるこの男なりの懸命さを知っているので、あえて問うことは止めた。


「じゃあよろしくね」
「こちらの方もよろしくお願いします。すみません、こちらの方からも頼んじゃって」
「いいよ、別に」
席を立ち際、喜助は、
「それからあすこのオーナーさんね、あの人怖いですよー」
と言った。
「…」
京楽は暫く黙り込み浦原喜助を見据えていて、それから、
「あ、そう。やっぱり」
と言って肩をすくめて見せた。
「正面からぶつかるのはよしてくださいね、できる限り」
「そうするよ。出来る限り」









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0513-0523.2012
02082013 加筆訂正


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