LOVE & PEACE   1     −楽々探偵事務所−




雨が降っていた。

酷く疲れていて、傘を持つのが億劫だった。それで柄を肩に乗せ掛けているせいで手も足も濡れた。その足にしても自分のものでは無いように重く、黒く濡れたコンクリートの舗装が靴に吸い付ついて離れない。

濡れた前髪が落ちかかって来て視界を塞ぐが、腕一つ、否、視線ひとつ上げる事も困難だった。 そうして体は鉛のように沈んでいくのに、頭だけはふらふらと浮遊する。 気をつけていないとめまいを起こして転倒するだろう。

一体どうした。
俺は何処で何をしてきた。
気を抜くと簡単に途切れそうになる意識を保つのが辛い。
帰り道はこれで合っているのか。
いや、俺は何処へ帰るのか。

やはり引き受けるべきではなかった。
引き受ける…何を…。
あの白い建物、確かに自分が人生の一定期間を過ごした場所…。
そうだ、俺は、今日、あの場所へ行ったのだ。



体が寒い。風邪を引いただろうか。
眠い。動悸がして、手足が冷たく、酷く緊張しているのに、眠くなる。
壁に手をつくと、力の入らない腕に体重を乗せてしまい、 手のひらを傷つけた。肩まで寄せて、浅い呼吸を整えようとする。
苦しい。上手く吸えない。
視野が狭窄する。貧血を起こしている。



何故、あの場所へ行った。
行くべきではなかった。しかし…

思考が螺旋する。


言えば反対されただろう。
だから黙って一人で行った。京楽に黙って…そうだ、京楽。
京楽が待っている…。

京楽が…。


傘が邪魔だった。
建物に入って雨がさえぎられるとすぐに捨てた。
馴染んだ狭い階段を上りきった時、浮竹は確かに安堵した。
胸に広がっていくその馴染んだ感覚が、辛うじて保っていた最後の意識を手放させた。
景色が奇妙に歪んで行く。斜めになって流れる。
浮竹は微かに微笑んで、ただいま、と、言ったはずだったが確かではない。


耳元で自分を呼ぶ声がした。







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11062011-05132012 (0523加筆)


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