ウィークデイ・ドライブ 2 −楽々探偵事務所− 「ボロい」 「優秀じゃない方がかわいらしいの」 京楽のアンティークな国産車を見てスタークが言った。 「ちゃんと走るのか」 「走りますよ。愛を持って接すれば」 「狭い」 乗り込んでスタークが言った。 「うるさいなあ。あんたが免許持ってないって言うからこうして わざわざ車だしてあげたのに」 「暑い」 「…」 「…すまないね。浮竹がクーラーに弱いから」 「あんたはつくづくそいつに甘いな」 京楽の車の後部座席でスタークが言った。隣にはリリネットが座る。 「風が入る方が子どもは楽しいでしょ」 「どこ行くの?」 リリネットの声が弾んだ。 「海のほうだよ」 京楽はギアを入れて 「じゃあ行くよー」 リリネットの歓声とともに京楽のボロい小さな車は、 大人3人子ども1人を乗せて海へと出発した。 正確には海へ行くわけではない。遊びに行くわけでも。 スタークは京楽と話し合って、リリネットの戸籍を作るために 彼女を自分の養子に迎えることにした。 リリネットはおそらく、生まれたときに出生届を出されていない ために戸籍がないのだった。彼が身元後見人になってもよかったが、 彼ら二人は二人で一つの戸籍に入ることを望んだ。 そして二人は事務所で、スタークの持ってきた彼の戸籍謄本を開いて見ていた。 「さて、ここに死亡の記載がない以上、きみの母親は生きていることになる。 それで僕はその先を知っているが知りたいかい?」 「嫌な奴だな」 「…仕事が速いと褒めてちょうだいよ」 「で?」 「聞くんだね」 スタークは黙って頷いた。 「まず、ここにきみの父親についての記載がないのは、 きみの父親という人はきみを認知しなかったからだ」 「認知?」 「きみを自分の子どもとして法律上で認めることだよ。 父親の認知しない子どもは母親の戸籍に入ることになる。 だからきみはきみを生んだ母親の戸籍に入っている」 「親のことは何も知らない。父親は日本人じゃないと、 俺は施設育ちで、それだけ聞いた。母親は俺を生んで自分が死んだか、 俺を産んで俺を捨てたかしたと思っていた」 「そう」 「生きているのか」 「生きているよ。それで」 京楽は浮竹の入れた湯飲みを手にとって一口飲み、 「きみに会いたいそうだ」 と言ってスタークを見た。 スタークは少し首をかしげ口をへの字に曲げてみせた。 「きみの母親という人は、君を産んでから、きみの言うように日本人ではなかった 父親はすぐに自国に帰ってしまったようだ、それで その人とはまた別の人と暮らすためにきみを、その」 「捨てたんだな」 「まあね。でもその人ともすぐに別れてそれからずっと、 今も一人で暮らしている」 「なんで急に会いたいなんて言う?」 「それはつまりこういうことだ。きみがリリネットを養子に迎えると、 きみはその母親の戸籍から抜けて、きみとリリネットと二人の新しい戸籍を作ることになる。 それは、戸籍というのは制度上三世代は入れない決まりだからだ。 きみの母親と、きみ、それにリリネットはきみの子どもになるからそれで三世代になるでしょ。 だからきみたちが新しい戸籍を作れば、その母親という人は戸籍に一人残されることになる。 今婚姻している人がいなければね。いないんだろう。それで、寂しく思ったんじゃないかな。 それに君が生きていることをひどく喜んでおられたしね。君が許すなら顔を見るだけでいい、 自分を許さなくてもいいと言っていた」 「…紙の上の話だろ」 「まあそうだが、心情は理解できる」 「ふん」 「実は病気を患っていてね、長く入院中だ。こっちには出てこられないから こちらから出向くことになる」 「考えておいて」 「ふ…ん…めんどくせえな」 「家族というのはめんどくさいものだよ。きみもひとりの親になるのだし。 でもま、好きに決めてよ」 「行ってもいいが一つ問題がある」 「何?」 「車がない」 「きみ、免許ないの?」 「ああ」 「じゃあ電車で行ったら?まあ交通の便が悪いところだから、 電車を降りた後またバスなど乗り継ぐことになるだろうけど」 「そいつは遠出は平気か?」 スタークは浮竹を示して言った。 「は、なに浮竹?」 「あいつを連れて行ってもいいか」 「なんでまた」 「俺が会っている間リリネットを頼みたい」 「連れて行かなくちゃだめなの?」 「これから学校入れようって人がそれでやれるの。 自分の子どもにする前に、子離れできないといかんね」 「うるさいぞ。どうなんだ」 「…その場合僕も行くよ」 「あんたも同じじゃねえのか。…必要なのか?」 「うん。それに浮竹も免許はあるけど運転できないよ」 「そうか。まあいい」 京楽が浮竹をうかがうと、浮竹は笑って頷いた。 大体の話をつけて事務所のドアまでスタークを送る際に京楽がああ、と言って付け足した。 「ところでリリネットくんを養子に迎えるには 簡単な裁判で許可が必要となる場合もある。きみが親としてふさわしいかどうか 吟味されるわけだ。リリネットくんとはどういう」 「拾った」 「…そこら辺うまく説明できる?」 「上手く出来るとは言えない」 「その辺は僕の範囲外だからね、行政書士と弁護士を頼むよ。 こういう割と不利なやつが得意な、信用は出来ないけど信頼は出来る男がいる。いいかい?」 「いちいちややこしいな。腕がいいならどうでもいい」 「きみたち今までどうやって暮らしていたの?」 「まあ適当にだ」 と言ってスタークは帰っていった。 やっぱりややこしいことになっちゃった、と京楽はため息をついた。 「浮竹はほんとに構わないの?」 「ああ」 「じゃ、コーヒーを一ついただけますか?」 「わかった」 「飲んじゃだめだよ」 「……」 浮竹は心持ち残念そうにキッチンへ入っていった。 next 08072010 戸籍とかほうりつ関係は一応調べたけど間違ってても笑って許して…。 |