ガジェット 1 −楽々探偵事務所− 君は美しい器… 優れた媒体だ… 頭が重い。目の奥も鈍く痛かった。部屋を見回す。カーテンが少し開いていて、 レース越しに柔らかな光が射している。 「俺の、部屋…」 咽喉に引っかかって声も少し掠れた。 浮竹は気だるくベッドを出た。 着替えを済ませて事務所に出ると、京楽はすでに事務所の机に 座っていた。パソコンの横には山積みの何か資料と雑誌と本。 「おはよう浮竹」 気づいた京楽が振り向いて言う。その見慣れた顔には少し疲労がにじんでいた。 心なし目も赤い。 「遅くなってすまん。…疲れた顔だ。また徹夜?」 「うん。調べものの罠よ」 「罠?」 「こうさ、調べものって、調べだすと関連して他のこともずるずるずるずる 調べたい事が出てきちゃってきりというものがないのよ。そうこうしているうちにね」 「…コーヒーを、入れようか?」 「おやうれしいね」 浮竹は見つけてしまった。京楽の頬に爪で引っかかれたような赤い傷。 奥へ入った。 やかんを置いて火をつける。チチチという音がする。 電気ポットももちろんあったが、少し時間が欲しかった。 遠くから 「おいしくいれてねー」 と京楽が言った。 「俺はコーヒーを飲まないのでおいしい入れ方が分からないんだが…」 湯飲みとマグカップを両手に持って戻ってきて、乱雑な事務机に マグカップの方を置いた。 「ありがとう」 京楽が微笑む。 「…」 「ん」 「その…」 「あそうだ。今日ちょっと僕外に出るから。お留守番お願い」 「…ああ」 「それから、僕はついでに外で済ますから、浮竹は朝食を何でもいいから食べること」 俺はまたやったんだな…。 浮竹は目を伏せた。 午後になって外出から戻った京楽は、ポストに溜まった郵便物を抱えて 部屋に入って来た。 「ただいまあー浮竹」 「お帰り」 椅子から立って京楽を迎える。 「何かあった?」 「特に何も。ああ、お前トカゲとか探せるか?」 「トカゲ?」 「飼ってるトカゲ…イグアナって言ってたかな、がいなくなったんだと電話があった」 「えー。どうかなあ。爬虫類の個体差なんて分かんないよ」 「そうか。折り返し電話するって言っておいた」 「はいはい」 京楽は話しながら、郵便物を分別し始めた。 「んーダイレクトメールばっかり。あ、これ家裁のやつ」 「ああ例の」 「そう。スタークさんとリリネットくんの」 「進んでる?」 「まあ。ぼちぼちよ。 養子縁組して家庭裁判所に許可願うってとこで順当でしょ」 「そうか」 「しかしなあ…あの人外国籍なのかなあ。 というかそもそも彼は戸籍持ってるのか…ん。なにこれ」 京楽は郵便物の一つに目を留める。 「何も書いてない」 京楽が手にした封筒には住所も宛名も差出人名もなかった。 上質そうな白い封筒はまっさらで、ただ古い映画で見るような蝋(ろう)を垂らした封がしてある。 「どうする開けてみる?」 京楽が差し出して尋ねると、浮竹は表情を強張らせて半歩下がった。 顔色が冴えない。 白い。 だんだんに白くなっていく。 「浮竹。顔色が悪い」 「浮竹」 その時軽快に事務所の電話が鳴った。 それは京楽の選んだ軽々しい浮かれた曲だったが、浮竹はびくっと大きく体を 揺らした。 「あ、いや、なんでもない。俺が出る」 浮竹は電話に手をかけた。 「はい。楽々探偵事務所です」 「やあ。久しぶりだね。手紙は届いたかな?」 next 05252010 |