千年蓮 (中編)
夜眠れないのだという。 そして明け方近くになると急激な眠気が襲ってきて、 倒れこむように眠ってしまう。 それから昼まで浮竹は起きられなくなる。 浮竹が倒れてから、京楽は仕事を済ませると出来うる限り雨乾堂に顔を出した。 たいていは午後になる。 そうすると浮竹は気だるそうに身を起こして、彼に似ない気鬱な笑顔で京楽を迎えるのだった。 体調は確かに悪かった。 浮竹の熱は、下がったり上がったりを繰り返していた。 しかし京楽は、こんな浮竹をあまり見たことがなかった。 浮竹は長い間床に伏していても、たいていは明るい顔をしていた。 それが今回は、まるで気力というものが感じられないのであった。 昼になってようやっと目覚めても、京楽の傍らで尋ねられること以外には 言葉を発さず、ただ夜になるまでぼうっと外を見ていた。 「眠れないのがしんどい?」 「…いや」 「夜中のお相手をしよう」 京楽はわざとおどけて言った。 それから京楽は毎晩雨乾堂を訪ねた。 そして夜中中起きて浮竹と一緒に過ごした。 「お前は昼間仕事があるのだから寝てくれ」 浮竹は悪いという顔をして京楽にそう言ったが、京楽は 「サボりながらやっているから大丈夫さ」 といつものように明るく答えた。 初めのうちは眠れないのならと、話をしたり酒を持って来てみたり、 浮竹の好きそうな本や実家のもの珍しい品など、手当たり次第に勧めてみた。 だが浮竹は最初こそ喜ぶものの、すぐに疲れてしまうので、 京楽はすべてやめて、布団に横になって浮竹を腕に抱き、包まって眠ることにした。 浮竹は京楽の腕の中でも眠れなかったが、いくぶん安らかな顔をしているように見えた。 そんな夜が続いた。 ある日浮竹が唐突に、 「あの花が見たい」 と言った。 浮竹が倒れた日に、もらってきた花蓮のことである。 それからずっと浮竹の部下が大事に栽培していた。 気分転換になるならと、外を歩かせた。 おぼつかない足取りの浮竹を支えながら、京楽は雨乾堂の片隅の小さな木の桶を示した。 そこにはふっくらとした薄紅色の蕾が一つあった。 「知っているかい?蓮が早朝花開くとき、ポンッと音がするそうだ」 「ああ、そう言うな。聞いてみたいな」 浮竹は少し笑った。 京楽は少しだけほっとした。 浮竹は吸い寄せられるような妙な姿勢で、水の張られた桶を覗き込んだ。 「浮竹?」 京楽はあのときと同じ、嫌な感じがした。 「浮竹!」 「明日咲く」 浮竹はそうはっきりと発音して、糸が切れるように京楽の腕の中に倒れた。 続 07112009 浮竹がばたばた倒れるよ…ごみん。あともう少し…長いのつらい… |