千年蓮 (後編) 僕としたことが迂闊だった。 蓮の花は明け方近くに咲き、昼ごろに閉じ、それを三日繰り返してそして散る。 その様子から三日花とも呼ばれる。 浮竹が倒れてから京楽は花蓮の持ち主のところへ行った。 貰い受けた花蓮の詳しい話を聞くためだ。 山じいの友人のじい様は、 「あの蓮(はちす)はなあ、千年前の種から発芽したものでなあ。 種のまま千年、二千年と生きているのでな。珍しいだろう」 とのんびり言った。 とんぼ返りに帰ってきた京楽は雨乾堂に居座り、黙って何かを考えていた。 明け方になった。 浮竹はやはり気を失うようにして眠りに落ちた。 すると次第に部屋中が、朝もやにしては濃い霧にけぶられていった。 かすかに花の香りがする。 いつの間にか浮竹の上に夏の絽の着物を着た女が乗っていた。 馬乗りになってしきりに浮竹に何かを問うている。 おでましだ。 「お前の精をおれにくれぬか」 「なあ、おれはお前に出会ってからずっとこの日を待っていた」 「おれと契りを交わさぬか」 「待って待って」 部屋の隅に座っていた京楽が声を発した。 女ははじめて京楽に気づいた様子で、 「お前は誰だ」 といぶかしげに言った。 「その男の男だよ」 京楽は自分でも少し間抜けだと思った。 しかし女は真面目な面持ちで、 「そうか」 と答えた。 「邪魔をする気か」 「場合によってはね」 「おれはこの男が欲しい」 「どうする気?」 「精をもらう」 「なんで」 「この男は死神だ。死神は何千年と生きると聞く。契ればおれは仙女になれる」 「僕じゃだめなの?僕も一応死神だけど」 「好みではない」 「…ああそう」 「浮竹はどうなる?」 「おれが仙女になれば、気が抜かれて寝たままになる」 「…」 「千年待った」 「…」 「話は終わりだ」 「だめだ。やらないよ。浮竹はやらない」 僕のものだから、と言って京楽は霊圧を高めた。 花の精だか何だか知れぬ、御伽噺みたいなものと闘ったことはないが、 浮竹を守らなければならない。 京楽が太刀に手を掛け、女とにらみ合う格好になった時、今までぴくりとも動かなかった 浮竹がおもむろに目を開けた。 そして 「咲いたか」 と言った。 これには女も驚いて浮竹のほうを見た。 「ああ、やっぱり綺麗だな」 「浮竹!」 京楽が呼びかけた。 しかし浮竹は聞こえぬ風で女を見ている。 「浮竹、しっかりしろ。こっちを見ろそいつは―」 「良かったな」 「…」 「綺麗だな」 もう一度言った。 「…綺麗か?」 女がおずおずと問う。 「ああ、とても」 「そうか…」 と、驚くことに女が涙を流した。 霧の中で三人が沈黙し、しばらくのち女が言った。 「おれは去る」 「え」 「忘れまいぞ」 「え、諦めるの」 太刀に掛けた手をもてあまし、京楽が聞いた。 「どちらの味方だ」 「いや浮竹のだけど」 「おい男」 「はい」 「この男をよく守れよ」 「言われなくとも」 女は浮竹に向かってなんとも可憐な笑顔を見せて口づけをした。 そして消えた。 浮竹はまた眠ってしまった。 蓮はそれから二日、薄紅の美しい花を咲かせてそして散った。 浮竹の体調は元に戻り、のんきに花を眺めて楽しんでいた。 もうすぐ梅雨も明ける。 「この色男」 日差しは強いが空気が少しだけ軽い、そんな午後、 雨乾堂から池を眺めていた浮竹に京楽が声を掛けた。 「?」 「花にまでも恋心を抱かす男よ。いままでいったい何人泣かせてきたのかね」 「なんだい、やぶからぼうに」 「いや、これが自分だと思うとぞっとするね」 「何の話だ」 「花も恋するという話。こっちは大変だったんだ…まあ君もだけど」 「…そういえば寝込んでいる時、あの花が咲く夢を見た」 「…花だったかい」 「ここの所ずっと、半分起きていて、半分夢の中のような感じだったから、よく分からん」 「そうかい」 池の水をさらった涼しい風が、二人の間を吹き抜けた。 「猫も100年生きると猫又になるというからなあ。」 京楽は上向いて言った。 事の顛末を持ち主のじい様に聞かせると、 「そんなこともあるやも知らない。しかしそいつは初心(うぶ)なおなごじゃ」 と無責任なことを言った。 「呼ばれたような気がしたんだ。あの時」 「君が倒れたとき?」 「ああ。それで、あの時見た夢を思い出したよ」 浮竹はぽつりと言った。 「千年の孤独を見たんだ…」 「そうかい」 京楽は浮竹を後ろから抱いた。 「それは寂しかったね」 京楽は、花と交わる浮竹を想像した。 白い喉を仰け反らせ、浮竹は恍惚の表情をする。 着物の胸ははだけ、白い足を開き、女は花になったり女になったりして浮竹を幻惑する。 「いて」 京楽は浮竹をかき抱いて口を吸った。 浮竹は蓮を手放す気はないらしい。 来年もまた来るのかい? 浮竹はやらないよ。 それから京楽は抗議の声をあげる浮竹を無理やり 雨乾堂の部屋に引きずり込んで抱いた。 了 花が咲くとき音がするというのはまだ良く分からないらしいですよ。 07142009 |