千年蓮  (前編)



山本のじい様の友人で、植物に詳しいという者から花の株を貰って来た。
花を咲かせると美しい花蓮(はなはす)で、珍しいものだから日頃から寝込みがちな浮竹の慰みに、 雨乾堂の池に浮かべてみるのも良い。
また蓮はその花、葉、茎、根と、どこをとっても薬になるので食すのもまた良し、という訳だった。

しかして初夏の強い日差しの中の帰り道、京楽は少し先を行く浮竹を気遣いながら歩いていた。
先ほどからひどい顔色をしている。
足元もふらふらと心許無い。
京楽は何度も体調を問う声をかけるのだが、本人はその度になんともないと答える。
「京楽」
「ん?しんどいかい?」
「きれいだな」
「? ああ」
京楽の持つ花蓮の入った大きな桶を覗いて浮竹が言った。
青々とした丸い葉の中に隠れて、花の蕾が一つついている。
あと一週間ほどしたら咲くだろうということだった。
「やっぱり俺が持つ」
「だめ」
「…」
浮竹はちょっとの間桶の中を見ていたが、また前を向いて歩き出した。
と、また振り返る。
「だめだよ―」
言いかけた京楽がすばやく桶を置き、浮竹の脇に両腕を差し入れ抱え込んだ。
振り返った浮竹は微笑んでいた。
京楽はゆっくりカタカタと動く古いフィルムを見るようだった。
微笑んだ浮竹の膝が真っ直ぐに落ち、浮竹は崩れた。
まるでつり人形の糸が切れるような嫌な倒れ方をした。
京楽は名を呼んだが、腕の中の浮竹はもう意識がなかった。



浮竹が道で昏倒してから、意識が戻らないまま夜になった。
嫌な倒れ方をしたと思ったが、これほど急激な悪化を見るのは 初めてだった。
倒れた浮竹は夕刻から高熱を発した。
夜中になっても熱は下がらず、浮竹は目を開けなかった。
京楽は立て膝を突いて腕を乗せた格好で、寝込む浮竹をずっと見ていた。

倒れたのは暑さのせいか、注意はしていたつもりだが足りなかったか。
しかし微笑んでいたのは何故だろう。
何か言おうとしていたようにも思える。

と、
「…」
「…浮竹?」
横臥したままの浮竹が少し息を乱した。
それから瞼(まぶた)が痙攣するように震え、つうっとひとすじ涙が流れた。
「浮竹?」
京楽は膝を崩して覗き込んだ。
「浮竹、ど、どこか痛むのかい」
浮竹が目を開ける気配はない。
ただ寝ていながら泣いている。
夢でも見ているのだろうか。
「浮竹」
京楽は呼びかけずにいられなかった。
京楽の呼び声のひと呼吸、ふた呼吸の後、浮竹は実にあっけなく目を開けた。
そして京楽を見つけ、
「…京楽、こんなところでどうした?」
と言った。
「…どうしたって!君、道で急に倒れて、それからずっと目が覚めなかったんだよ!!」
「起きたよ」
「あ、ああ、起きたね」
「うん」
「どこか痛む所や、苦しい所はないかい?」
「…ない」
浮竹はぼうっと天井を見て、それから自分の頬に触れた。
「泣いていたよ?浮竹。身体がしんどいの?悲しい夢でも見た?」
「…覚えていない」
何か夢を見たような気がするが、まったく覚えていなかった。
ただ強い夢を見た時の残存感情が、浮竹の中にあった。
浮竹がゆっくりと無意識に胸に手を当てる仕草をしたので、京楽はすぐに尋ねた。
「苦しいのかい?待ってて、今人を呼ぶからね。あと、卯ノ花君に」
「何をそんなに慌てている?大丈夫だよ」
「いいから」
と言って部屋の外に声をかけた。









07112009
すみません、続きます。