LOVE & PEACE 13 「セキュリティがずさんになっているようだ」 「そのようですね。どうしました? 引っ越しでもするんですか?」 浦原喜助がしれっと答えた。藍染は黙って浦原を見る。そして顔を戻すと、 「では浮竹、君に一つ課題を与えよう。いくら私の中を探しても無駄だ。私はあの金庫のナンバーを知らない。ナンバーはワンダー・ワイスの頭の中だ。しかし彼は口がきけない」 浮竹が沈黙する。 「浮竹さん。こちらは任せて、京楽さんを」 「少しだけ時間をあげよう。私はこちらの相手をしなければならないようだ」 二人は同時に発言した。 「ええ、そうしましょう。それと、浮竹さん注意してください、その子、おそらく浮竹さんと同じですよ」 「同じ?」 「人の思考を感知出来ます」 浮竹は驚いたが、落ち着いて頷いて、ワンダー・ワイスの方へと駆け寄った。 浦原が先んじる。 「しかし、本当にお久ぶりですねえ。あなた、逃げますか?」 「なぜ私が逃げる」 今頃ニュースになっていますよ。あなたが治療して、放ったネリエルが計画通り、自身の勤める病院の不正を内部告発しようとしました。そこはあなたの病院の系列のトップに位置していますね。しかし表沙汰になるより先に医院長のバラガンが辞職しましたよ。一人で墓まで持ち込む気でしょうか。ああ、不正の事実じゃありません」 「何を言っている」 「全てあなたの計画通りですか? 辞職すると思っていました? 知ってました?」 「……」 「そう、何故? あの欲の塊のバラガンが何故? 辞職を? しかしそれより気がかりなことがあなたにはある」 「私はネリエルをマスコミのプレッシャーから守りたいという人物から依頼を受けて彼女を探していました。しかしあなたに先を越されてしまいました。今は無事保護させてもらっています。さて、事態は結果的に……。」 浦原はそこで一つ黙る。コホンと続けて、 「バラガンは病に侵されていましたね。しかもとても重い。いくら検査を重ねても、これは移植しか手立てがない、しかし移植は多くの患者が順番を待っている。自分に回ってくるまで彼は待てるのか、待っている間に死んでしまったら? そう考えて彼は待てない。今すぐただちに死ぬわけじゃないという他の医者の言う事など信じない。彼の生への執着は強い。そこに秘密の知らせが入る。優先的に移植手術が受けられそうだ、と。秘密裏に手配をしたのはあなたですね。その目的は? バラガンの次の座? 自分の持つ病院の地位の向上? いいえ。それならばバラガンと直接取引すればいい。しかし、僕が気になるのは、バラガンが直前になって移植を拒否したという事実です。不正を告発しようとネリエルが動いたことで、バラガンはあることを知ってしまった。バラガンは妻帯者じゃありませんが婚外子が一人いました、そう」 「ネリエルがバラガンの非嫡出子だという事は知っている」 藍染は彼に取られたペースを引き戻したい。 「ええ、そうです。しかしあなたは、人間の心というものを知らない。皮肉にもあなたの専門分野である人間の心理――」 「精神医学と心理学とは全く別のものだ」 「それを両立してこその医療だ、とかもっともらしく浮竹さんには言ってませんでしたか? ま、いいんですそんなことは。話がそれました、戻しましょう。バラガンは何故移植を拒否したのか、それは、ほんの少しの、彼にとっては今まで経験したことのない感情によってです。移植の執刀医はネリエルでした。今回の手術はあまりにも唐突すぎた。そのことに疑問を持った彼女は、関係書類をあたって不正な手続きに気づいたわけです。ただ、あなたはネリエルがいずれそれに気づくと分かっていましたね? さて、バラガンはネリエルの手を汚したくない、まあ、それもあったとしましょう、でも私が思うのは、自分にふりかかる死を意識して、いや移植の失敗の可能性を少しでも考えてしまった彼は、万が一にも自分が死んだ場合、自分の遺産を血のつながりのある者、自分の子、ネリエルに残したいと思った、という事です。彼に他に子どもはいません。妻もなし。天涯孤独の身の上に一点の光でした」 「バラガンは遺産がネリエルにわたるように準備する時間を欲っした」 「その通りです。しかし辞職は、ネリエルを内部告発者として矢面に立たせないために、告発者が隠されていた不正移植の執刀医でありそれが実の娘であった、というマスコミの餌食にならないように、自ら先手を打ったのです。どちらも以前の彼からは想像も出来ない決断でした」 「あなたの手ですね、藍染サン」 浦原が冷徹な目で藍染を見る。 「自分は手をくださないで望んだ事態を起こさせる……ま、今回はネリエルに記憶を失うハプニングが起き、バラガンは告発される前に自ら辞職するという、どちらもあなたの計画にはない道筋をたどったわけですが、しかし結果的にはあなたの望み通りになったわけです……満足でしょう? 黙っていてもバルガンの席があなたに回って来るのでしょう。そうやってそこで見ているだけで。私はこちらの方にあなたの目的があったのだと思っています。でも残念でした、あなた、逃げられませんよ?」 「今の話で、私に逃げる必要があるかな」 「この話とは関係がないです」 浮竹と向かい合う子どもに目をやり、 ワンダー・ワイスくんは保護対象になりますよねえ……」 と言った。 「孤児とはいえ海外から連れ帰った子どもを手続きを経ないまま手元に起き続ければいずればれます。……あらあ。あなた、あなたも情で、判断が鈍りましたか?」 藍染は僅かに目を細めた。 「浮竹さんは自分のものにならない。矢先に浮竹さんの能力と同じ能力を持つものを見つけた。何と都合の良いことに彼は言葉を話せない。秘密が外に漏れる事なく自分の心を見透かす――」 「やめたまえ」 「ええ、止めましょう。新しい研究材料ですね。しかも自分の自由になる。しかし彼にはきちんと教育をうけさせなければならない。彼の権利を誰も奪ってはならない」 きゃーっという子どもの悲鳴が上がった。 浮竹の低く呻く声、 「あり……がとう……」 と切れ切れの息で小さく言う。 そしてキーナンバーを押す音。 しばらくの行方を見守る静止ののち、重々しく金庫の扉は開いた。 「素晴らしい!」 目を輝かせた藍染の元に駆け寄ったワンダー・ワイスが、浦原に銃口を向ける。 「嘘でしょう」 「撃ちなさい」 ドン! 「うわあ!」 躊躇なく拳銃は発砲された。しかし、見当違いの所に球は飛んだ。浦原はしゃがんで、銃弾の打ち込まれた壁の辺りを見ていたが、振り返ると、藍染は子どもとともに姿を消していた。 next 10012013 |