ほねつぎ     (その十一)




明るく白い視界は病室のそれだった。
自分の腕には点滴の管が刺さっている。


視界が開けてくると、誰か人が自分の側にいるのが分かった。

「胃潰瘍だって」
「……」

「ねえ、きみきみ、寝ている間に僕のことを呼んでいたよ」
「……」
「ねえ」
「知らない」
「心細かったのかい」
「変な夢を見たんだ」
「ふん。まあいいよ。しかし、何でまた胃潰瘍なんかになったのかね。ストレス? 浮竹、何か悩みでもあったの」

浮竹は天井を見ている。

「きみは普段悩まないから、悩みが出来て慌てたな。 悩み方を知らないんだ。悩み方にもコツってやつがあるんだよ。 これを機にストレス対処法を学びたまえ」

京楽に好きなように言われて浮竹が口をへの字にする。
「まあ、少し入院して、体を休めるといい。 幸い後は薬と通院で治るらしいよ。ちゃんと薬飲みなさいね。 痛くなくなって勝手にやめると完治しないから」

「……脱臼と似てるな」

と言うと、京楽が方眉を上げて笑った。



あの大量の吐血は、血液も混じっていたことはいたが、 そのほとんどは、浮竹の飲んだトマトジュースだった。
京楽は直ぐに悟った。
―これは喀血ではない。吐血だ―
過去のイメージを振り払い、京楽は考えた。 血が鮮血ではないし、吐しゃ物に僅かに未消化の食べ物が混じっている。
咳をしていたのは風邪のせいで、倒れていたのは元来の貧血に加えて 欠食していたせいだった。

「そんなベタな話があるかい」
京楽は呆れて言った。 それでも京楽は救急車が到着するまで浮竹に声を掛けて励まし続けた。 吐血も量が多ければ出血性ショックを起こす。腕に抱いて、名前を呼んだ。

「ずっと胃が痛かったんだ。 ……お前が消炎作用とか消化にいい作用があるから 胃痛にトマトジュースはいいんだと前に言っていただろう」
浮竹がぼそぼそ言う。
「ああ、そうなの」
覚えていたのは偉い、と言って京楽は浮竹を見つめた。

「何だよ」
「キスまでしたのに」
「お前、だって、」

浮竹が起き上がりかける。

「だってな! 俺だってな!」
「きみだって? 何」
「お前、けけけけけけっこんするのにあんなことしていいのかっ」
「結婚? 何それ」
「確かに、お前は簡単にそういうことをするがだがもう、俺は最後だと思って―」
「待って。ちょっと待って浮竹」
「僕結婚なんかしないよ」
「髪の長い女性と一緒にいるのを見た。黒髪の、綺麗な……」
「黒髪の……ああ、卯ノ花くん」
「そそそその女性と結婚して後継いで大きい病院を建てるんだろう?見合したろう?」
「見合いした。知ってたの?」
「ぐ、偶然」

浮竹は勘違いをしているが今とても大事なことを 聞いた気がする。京楽は面白くなってきた。 これは形勢逆転だ。 長年の鬱積を晴らすどころか満願叶って成就するかも知れない。

「ね、浮竹。さっきなんて言った?」
「お前、結婚するんだろう」
「それで、なに」
「なんだよ」
「最後だと思って?」
「……」
「思って?どうしたの?なに」
「〜〜〜!」

がっと起き上がろうとして浮竹は顔をしかめた。 胸を押さえる。入院服の上から胃の辺りを掴んでいる。 強くぎゅうとするので京楽はちょっと慌てた。

「痛むのかい?気持ち悪いかい?」
「浮竹?」
「……大丈夫だ」
「ごめんよ。いじめすぎた」
京楽は背を撫でて宥める。短い天下だった。



「……浮竹さ、あの夜は何故来た?僕が―」
「お前に甘えるのも、最後だと思って行ったんだ……」
「最後に抱かれに?」
浮竹が睨む。
「はい。ごめん。でも、だから泣いてたの」
「……泣いてない」
「泣いてた」
「熱がつらかっただけだ」
「浮竹さ、きみさ、健気だ。なんて健気なんだ」
「あのさ、結婚しないよ、僕」
「……」
「ナースコールする?」


そのままわあと浮竹は泣いた。














0715.2011






戻る