蜜月 (みつげつ) (「後の月」の二人。「2010年浮竹雪祭り」作品) 月の凛凛(りんりん)として冴える夜である。 「寒風颯々(さつさつ)として天にほえる」 当然として尤もらしく言う京楽は雨乾堂で温(ぬく)もっていた。 しかしまだ少し開けた窓からの風通しがよい。 「浮竹、少し閉めないかい?」 「いや、月が見えなくなる」 「風邪を引くといけないよ」 「お前が寒いだけだろう」 浮竹が白い顎を見せて快活に杯をあけた。 そして 「京楽」 「ん?」 「俺たちは言うなれば親友だな」 と方正の顔をして言うので、わざと少しの間を開けて 「…そうだね」 と答えた。 「ならば俺があの月だったらお前はどうする?」 唐突である。酔っている。浮竹が酔うと始める問答である。 「月を眺めて一献いただこう」 しかしこちらもしたたか酔っているので応戦する。 「風ならどうだ」 「寒いな。浮竹の着物を借りていただこう」 回答だと気づかず浮竹は自分の着物を持ってきてこちらへ放った。 「ならば鳥だ」 「細工が綺麗な鳥籠を買ってきて、毎夜愛(め)でながらいただこう」 「窮屈は嫌だ」 「そう」 「ああ」 「じゃあ羽は切らずにとっておいてそのうち放すよ」 「…」 「なんだ、寂しいのかい?」 「そんなことはない。じゃあ花だ」 「これも綺麗な花瓶を買ってきて愛でながら飲もう」 「切るのか」 「嫌かい?」 「…」 「分かった、じゃあきみは桜で春満開に咲くんだよ、それで一献いただこう」 浮竹は少し考え、満足した。 「ううん。花鳥風月揃ったね…風流かい?きみ。おまけに月見で一杯、花見で一杯と手札も揃った」 「花札は負けるからやらないぞ」 「負けると決めているあたり潔いね」 京楽は笑った。酔った浮竹は素直でよろしい。 「雨ならば」 「雨音に耳を傾けていよう」 「飲むのか」 「もちろん」 「では雪」 「これも雪見酒だ。しかし溶けるのが切ない」 「お前が切ないのはその理由だけではなかろう」 「多分、そうだね。誰のせいだろうね…」 「では夢ではどうだ」 「寝てばかりいよう」 「愛」 「おっと…僕を試しているのかい?」 僅か無言で見咎める。 知ってか知らず、浮竹はまたくいと杯を呷った。首が真白(ましろ)い。 「…どちらもきみのことだね」 存在するが掴めないもの。 「だからさっきから言っているだろう」 ふん、と言って浮竹。 「では湯葉だ」 「好きなのかい?」 「好物だ。そうだ後で持って来よう」 忽(たちま)ち楽しげになって言う。 「わさび醤油だな」 京楽の、きみに食べられるのも一興かな、と用意した回答は飛ばされた。 「酒ならどうする?」 「好んで飲もう」 「そこの杯なら」 「…口付けを」 浮竹の唇が今含んだ酒で濡れる。 「刀」 「よく手入れをして一生を共にする」 「おう!死神の鏡だ」 京楽は、彼は始めた目的を忘れたな、と思う。 「では鞘だ」 「おう鞘か、きみきみ」 話を戻そうと 「では僕は刀になってきみを傷つけぬようそっと、慎重にする…」 京楽は浮竹の表情を伺い見る。 浮竹は真顔であった。 京楽が少し下品に過ぎたかと悔いる折り、 「お前の傷つけぬように、というのは 自分も傷つかぬようにというやつだな」 などと言う。 辞めて欲しい。核心を突くのは。 「癒す自信が無いのさ」 「で、押し殺しているんだな」 「何を」 「切なさ、だな」 「言うね」 「お前の元に雪が降ってもなんでもお前はそれを押し殺すのが上手いだろう」 「…やっぱり僕を、試しているんだね」 「光だ」 展開を変えて浮竹が言う。 ああ、それは正しい。浮竹は光である。 「僕はそれを浴びて、呼吸する」 「では闇」 「…」 「闇だぞ」 「有無をいわずに受け入れる。受け入れてから考える」 浮竹は真摯に京楽を見た。 「ではこれではどうだ、俺が京楽だったら」 「浮竹になって京楽を愛する」 「俺が浮竹なら」 「僕は浮竹を愛しているよ」 「…。」 「…負けたな?」 「…ああ、負けたよ。今日はきみの誕生日だからね。心ばかりの贈り物さ」 「…俺も俺が俺でもお前を愛するよ」 「回りくどいね。照れているの。まあいいや。うれしい」 「ふん。歳暮だ」 耳を赤くする浮竹の身を自分に寄せた。 「それにしてもやっと言ったな」 「ごめん」 「楽しんでいたんだろう」 「まあそれもある」 「酔狂だ」 「お互い様」 「ずいぶんと試されたが浮竹、自信がなかったの?」 「お前が怖がってばかりいるから、俺も少し怖くなった」 「ごめん」 「浮竹」 「ん」 「浮竹が何であっても僕はきみを愛する。だから安心しておいで」 浮竹は首を染め、顔を伏せてしまったが頷いて京楽の肩に寄りかかった。 「ああごらん。浮竹が降ってきた」 漆黒の闇に白い雪が舞っていた。 了 誘ってみたり、試してみたり、ぬくぬく、いちゃいちゃ。 1123-1129.2010 |