霎時施   (しぐれときどきほどこす)




浮竹が息を整えている。
澄んだその目は開けられている。
そのまま深く、静かに己を落とす。
彼の内なる湖面に時折柔らかな風が吹き、穏やかに、たおやかにして撫(な)ぜてゆく。
しかしそれも間も無く止む。
湖面は時を止めたように一滴の水も動かず、 一筋の波紋も作らず、一条の風もない快晴の空を映す鏡となる。

汗が音なく雫となって浮竹の顎を伝う。

浮竹の心拍数は今、通常の半分かそれ以下まで落ちている。
正眼に構えた刀が、己の拍動によって僅(わず)かもぶれぬように鎮(しず)まった。

向かい合う京楽に感じられるのは、発せられる霊圧より引き込まれる磁力だ。





「本気を見せてよ」
京楽が本日の悪戯(いたずら)にそう言うと、俄然(がぜん)色気のないほうへ話は進み、 見学を申し出る隊員が隊員を呼び、 とうとう十三番隊隊舎裏の演習場まで開かれた。

このところ体調が良いらしい浮竹は楽しそうに身支度を整え、 心配と期待とで混戦している仙太郎と清音に準備を手伝わせた。
「よく見ておくといいよ」
京楽は格好をつけてこう言っておいた。
どうにも引き返せない。
「ああ、卯ノ花君は今日はいるのかな。いないのなら出来るだけ上級の席官の人を呼んでおいて、 一応担架の用意とそれから…」
「誰が乗るんだ」
己の乗る気の全くない浮竹が尋ねる。
「きみ、あれをやる気でしょう」
浮竹の目が、分かるか、と言わんばかりに輝く。
「きみの体力が心配だ…」





風は凪いでいる。
京楽は見学者たちを盗み見る。
皆固唾を飲んで行く先を見守っている。

知らないよう…

京楽は腹に力をこめる。来る。

心臓を一抜きで突かれた。
血がほとばしる。
止められたか、否か。

悶絶する身体を何とか支えて二の太刀を防ぐ体制をとる。
脂汗をかいた顔を上げると、周りでもばたばたと幾人か倒れた。
続いてまた一時を耐えた者達が尽きて幾人か倒れた。
浮竹を中心に円周上に人が重なり折れる。
仙太郎と清音はどうか。
身を屈めてかろうじて立っている。
大したものだと後で称えてあげよう。

浮竹は静かにそこに立っていた。
一歩も動いてはいない。
ゆっくりと己の緊迫を解いている。
呼吸が平常に戻る。


浮竹は実際一歩も動いてはいなかった。内に収束した霊圧を鋭く一気に解き放って 、放たれた霊圧だけで相手は自分が実際に切られたと錯覚する。
腕に覚えのないものは卒倒する。日頃鍛錬している隊員たちでさえ臨死体験をした者も多かろう。
自分はこれで何度も手合わせしている。

「お見事」

静まり返った場に京楽は第一声の声をかけた。
浮竹もこちらに歩み寄る。その一歩を動いただけで浮竹が肩で息をする。
「はい、そこまでそこまで」
「そこのお二人さん、動けるかい?ちょっと手伝って」
「大丈夫だ」
「だめ」
「何を言っているんだ。これからだ」
もともと相手を乱して二の太刀を浴びせるための布石である。 しかし精神を過度に集中させる必要があるため戦場ではほとんど使えない。 ゆえにそうそう見られる技ではない。見られたものは幸運である。
「それにほら、今ので剣八君あたりが飛んでくるかも知れないし」
「おお、望むところ…」
続く抗議の言葉尻、浮竹が咳き込んだ。
「ああ、浮竹。ほらみなさい」

「あの…どちらをお助け、すれば…」
言い合う二人の側に仙太郎と清音が競ってやって来ていた。
先ほどの衝撃を受けた心身に鞭打ち、 ともかくも付いて来ようとする浮竹の可愛い部下たちである。
京楽は微笑んだ。
「浮竹のほうね」



秋仲(あきなか)のこの良い陽気に、日差しは少し暑かった。
京楽の肩に支えられて不満げながら、浮竹は眩しそうに手をかざす。
「おーい。みんな大丈夫かあー?」
鍛え上げられた隊員たちは苦しげに意地で返事をする。
浮竹はにこにこと笑って手を振った。
しかし暫くはその場を動けないであろう。

と、明るい空のまま、さーっと音もなく雨が降ってきた。
「おや、お天気雨だな」
「浮竹、濡れる」
暢気(のんき)にしている浮竹を三人で連れ帰った。
道行き、十三番隊の次席に就く二人が尋ねてくる。
「あの、京楽隊長」
「お聞きしてもよろしいですか」
「なんだい」
「京楽隊長はその、先程の浮竹隊長の、あれをどこまで…」
「ん?内緒」

雨乾堂に着くと慣れてばたばたと二人が動く。
髪を拭き着物を変える。 思った通りに着物の内に汗がすごい。
そうしているうちに京楽が外を覗くと、雨はすでに止んでいた。
「通り雨だったねえ」
「本当だ」
浮竹は久しくぶりに外で身体を動かして爽快なのであろう。 上気した頬や瞳が若木のようだ。
世話した席官二人に礼を言い、それからよく休むように言った。


落ち着けて座す。
「さて、本番はこれから」
「茶がこぼれる」



「虹が出るかな」








1017-1018.2010

アナログ一眼レフカメラは60分の1秒(?のち要確認)より遅くシャッターを切ると自分の心臓の拍動が一回入ってぶれる、 つうのがロマンチックだったので。カメラバージョンの落ちも四コマくらいで妄想しました(笑)
あと氷輪丸の映画でぼっと立ってた浮竹隊長は、最近ノベライズで読んだら卯ノ花さんに「体力ないから」つって止められていた訳だった。



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