薄氷   (うすらい)




雨乾堂の部屋の畳は真夏でもひんやりとしている。
床下で揺れる水音がそう思わせるのかもしれない。

浮竹の肌もまた真夏でもひんやりとしている。
白すぎる肌は彼の白髪と共に透き通って現実感が薄い。

袴の裾に手を伸ばして浮竹の足袋の足を捕まえた。
留め具を一つ外す。
ほんの少なく出来た隙間に指を挿し足首の周りをゆっくり舐める。
もう一つ外す。
緩るんだ隙間に指を尚(なお)差し入れてくるぶしを丸くなぞってやった。
浮竹の足は引こうとするがもう一方の足袋にも同じ事をした。

腕を伸ばして袴に隠れてまだ白いふくらはぎを触った。
肘まで入って隠れて遊び、それから袴をめくって露(あらわ)にした。
もう一つ撫でてからさらに上へのぼっていって太ももあたりでまた少し遊ぶ。
付け根のわずかにくぼんだ場所を丁寧に確かめたり 両手で包んだりなぜたりしながら、時折誤(あやま)ったようにだけ そっと触れる。

そうしてなかなかにじらしていると、浮竹の強く保とうとしている 目が焦点を見失って戸惑い、時々は密やかにしている官能を隠せない。
「京楽…」
思わず漏れた声に呼気が掛かるような近さで
「負けそうかい?」
と京楽は言った。
浮竹は意志を挫(くじ)いて口を閉じた。
目も閉じてしまいたいが潤めた瞳は瞑(つむ)ったら涙となって零れてしまう。
京楽はゆるゆるゆるゆる緩慢に、極めて優しく浮竹を導いてゆく。


「どうしてそんな風にするんだ…」
「そんな風?」
「どうしてそんな…」
「きみがいつでも逃げられるように」
「しかし、逃げられるのに逃げないのはきみの意志」
「きみは逃げない」
「ね、言い訳が出来ない」
「…意地が悪いんだな」
京楽はにっと笑うと唇を合わせた。
ゆっくり吸って
「優しいでしょう」
と言った。
浮竹はわずかにそれを追いかけてしまったことで 頬を染めた。
京楽は逃さず、
「僕が欲しいかい」
と言ってきた。
浮竹はうつむく。
「僕が欲しいかい」
「僕が欲しいと言いなさい」
顔を逸らすと、また唇がかぶさって来た。
今度は少し強く吸われる。
「あ」
支える肘に上手く力が入らなくて震えて落ちた。
何も敷かない畳に二人で伏す。
もうずっと表面を撫でるようにしかし離れぬように京楽にされている。
悔しいので無理に息を整えてこらえている。
しかし逃されるのを望む熱があるのを感じている。

京楽は帯の先をおっとりと引いて結びを解いた。
浮竹が振り払おうと上げた手を掴んで握ってしまう。
「分かってる。僕がそうした」
浮竹はまた顔を赤らめて明らかに狼狽した。
ひんやりした腕がしっとりと汗をかく。
「浮(うわ)ついた声など出さないぞ」
「どうかな」

うっかり閉じた浮竹の眦(まなじり)から涙が滴(したた)る。
ぽつといって畳に落ちた。



踏まないように。

割らないように。




溶け合う。














08212010


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