土潤溽暑   (つちうるおいてじょくしょす) ・ 下     SIDE:海燕




男が男に抱かれると言う事は想像以上に身体に負担のかかるものなのだ、 と十三番隊の次席は常日頃に思う。

元来の病弱から仕事をまま休む己(おのれ)の隊長ではあったが、 その仕事に頼りなさを感じたことは一度もなかったし、 いつも隣に佇むのは穏やかな視線で自分の隊員たちを見守る 背筋の伸びた姿で、その名残を僅かにも出さないのであった。

しかし時折、好んで自ら隊員へ直接指導する太刀を持つ際の 普段より少しだけ深く刻まれる眉間の筋に、 またふいに誰からの注意もなく視界の外にある時の 不用意にふら付く足元に、海燕はそれを垣間見るのである。



さて、病で床についていない時の浮竹の起床は早い。 海燕はそれでも早くに雨乾堂まで出迎えに行って着替えなどを手伝う。 起きていなければ体調が優れないので業務を替わって勤める ことになるし、起きていればそのまま日常業務となる。

「隊長、今日も暑くなりそうなので無理はしないで下さいよ」
「ああ、大丈夫だ」

大丈夫だと答える声に少しの憂い気を感じて視線を移そうとした時、 海燕は色の白い襟元に赤黒い痣など残しているのを 見つけて自然と目を背ける。
しかしそんなとき浮竹は決まってこちらを見て問うので、 目に力を入れて見返すと大抵は儚げに笑っている。 一体どこをどうすればこういつでも笑っていられるのかと 思う。

「…身体、気ぃ使ってください」
「ああ、分かっている。ありがとう」



この暑さで食が細いのに加えて、最近はあまり寝ていないのを知っている。 夜夜(よよ)あの男が来るからだ。口出しはすまいと決めているがこの頃の あの男の無法は少し目に余る。
長い髪を後ろで一つに束ねて、届かぬ分を少しやつれた頬に残こしている。 強い日差しに透けて流れた。

見かねて口数のない浮竹に、
「隊長、気分悪いんじゃないですか?」
と尋ねると、
「ん、いや」
と手短に返す。
「あっちの木陰にでも居た方がいいですよ」
「ああ、まあ。平気だ」
ぼんやりした返事しか返ってこないので強い口調で、
「隊長は戻って休んでいていください」
と告げた。
浮竹は少し目を丸くした様子でこちらを見、かくんかくんと頷いて 戻って行った。足元が心許無い。と、浮竹が振り返って手を振り、
「後を頼む」
と声高く言う。どうにも律儀で邪気がない。
こんな人があんな男と一緒にいるのを諸手を挙げて賛成するなど とても出来るものではないのである。



昼間の浮竹の様子が気になって海燕は夜、再び雨乾堂へ赴いた。 もしかしたらあの男が着ているかも知れないと思ったが 来ていても構いはしない。むしろ何事かでも忠言してやろう。

堂に入ると風呂場で異変を感じた。駆け入ると浮竹が顔を抑えて 倒れ堕ちる所だった。
「隊長!どうしましたっ」
素早く丁寧に抱き起こす。 濡れた湯具に透けて身体のあちこちに痣が見え、 太ももの内にもそれを見た時、
「馬鹿なんじゃないすか!!!」
と大声を張り上げていた。
自分でもどちらに言ったのか分からなかった。 両方だろう。
「すまん…湯あたりだ」
砕いて出して食わしてやろうと持ってきた氷を皆ぶちまけた。 大声を出すことでかえって冷静になった。 自分はそういう性質だ。 あとは冷静に態度は鬼の勢いで二人の大男を叱り飛ばした。



片方はくすくす笑っているし、 片方はひどい顔色をしながら安らかな表情で暢気にしていて、 てんで聞いていない様子ではあったがこの人たちは 馬鹿ではない。
立場上そう馬鹿にもなれなくて時々わざと馬鹿をするのでこちらが迷惑する。 上は医者と総隊長しかないという身分だから こうして自分の部下に好んで叱られるという悪い癖だ。



浮竹を寝かしつけた後、まだ長引いて残っている京楽の相手をしながら海燕は言った。
「何遊んでるんですか」
「遊んでるように見える?」
「そのようにしか見えません」
京楽は複雑な表情で笑った。
質(たち)の悪いことにこの二人は絶対別れないくせに 時々そうやって煮詰まって遊ぶ。
そのような京楽の顔を見ていて海燕は、

「隊長はあんたしか見てませんよ」

と言うのをやめてやった。









08132010

雨乾堂に風呂場はあるのか…




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