朝行く月



ごほっごほっ…げほっ!

咳の激しさで身体を横たえることも出来ず、浮竹は布団の上で背を丸めていた。
掛け布団を掴む手が震えている。
手や指先までもが白く、顔色も青みを帯びて白い。
京楽は唐突に、いつか藍染が「人の目には黄みより青みを帯びた白のほうが白く感じる」 と言っていたことを思い出して、少し剣呑な気持ちになった。

ごほっ!

浮竹は咳が治まるほんの合間に懸命に息をする。
しかし激しく上下する肩が、それでは足りないことを表していた。
「浮竹。苦しいかい。背をさすろうか」
浮竹はいらえを返す余裕もなく、一段激しく咳き込んだ。
「浮竹」
浮竹の口元の布が真っ赤に染まった。
浮竹の白い髪の毛や着物や布団にまでその赤は飛んでいた。
「浮竹…」
「…時期、治まる…」
浮竹はそれだけやっと言うと、また激しく咳き込みはじめだ。

おそらくこんな夜は、あの快活で胆の据わった副隊長が傍についていたのだろう。
きびきびと働き、的確に動き、そしてその姿は浮竹に安心を与えただろう。
寝込んでいる浮竹を雨乾堂に訪ねる時、時折前の晩の惨状を思わせるやつれた浮竹の姿があった。
そんな時は必ず傍らには海燕がいた。

「浮竹…」

浮竹はその頼れる男を失って久しい。
京楽は夜の闇の中で、浮竹がその長身を小さく丸めながら、周囲を拒絶し周囲から拒絶され、 独りで闘っているように思われた。
ここに自分があるというのに、浮竹はただ今独りきりのように見えた。
あの男は君を一人にさせなかったかい?
普段の柔和で明るい浮竹を思った。
「涙が出そうな健気さだよ…」
京楽は呟いた。

そんなことを夜中中繰り返していた。


浮竹は自分の隊舎に帰らず、なんらかの帰り道に真っ直ぐ京楽のところへ来た。
ひどい顔色をしていて今にも崩れ落ちそうだった。
「…悪い」
「いいから。気にしない」
それだけ言ってあとは大慌てで奥へ運び込まれた。
それからずっと浮竹は、京楽の奥の部屋にいるのだった。



ようやく浮竹の呼吸が安らかになって来た頃、夜も白々と明けて来ていた。
浮竹は頼りない寝息をたて始めた。
存分に寝かせてあげたかった。

こほ

が、自身の小さな胸の震えで浮竹は起こされた。
身を起こした浮竹の衣擦れの音がした。


京楽は努めて静かに
「おや起きたかい」
と声をかけた。
「まだ寝ていた方がいいよ」
「ああ、うん…悪かったな、京楽」
「なんの」
受けて浮竹が薄く笑った。
京楽も頬を緩めて
「仙太郎君たちがまた心配しちゃうね」
と言った。
「…ああ。だからこっちへ来た…」
「…そうか」
「ああ…悪かったな」
「だからいいって。それより君が本当に大変な時に、ボクんとこへ来るのは信頼されていると思っていいかい?」
「ああ。お前は胆が据わっているからな、あまり慌てないだろうと思った。こんな―」
浮竹は途中でこんこん、と小さく咳き込んだ。
「まだあまりしゃべらないでいいるのがいいよ」

京楽は本当は慌てた。
あんなに酷く苦しむ浮竹を見るのは胸がつぶれそうだった。
しかし知らないで後で人から聞かされるのはもっと胸がつぶれる。

二人は少しの間黙っていた。

明け方の空に、白く薄い月が見えた。
「…こんな月を俺はよく見る」
「こんな月?」
朝まで残っている月影だ。
「朝ゆく月だ…」
「おい!」
浮竹がびくりと身体を揺らした。
「ああごめん。ごめんよ、大きい声を出して。 その…」
浮竹は笑って
「僕はまだ逝かないぞ」
と言った。
「”朝行く月”と言うんだ。ああいうのを。 夜中の発作がおさまって、朝になってあれが消えないでまだあると、 なぜか少し、清涼な気持ちになる」
「…そうか」
君の孤独は月と共にあるか。
「俺が月と一緒に逝くと言うように聞こえたか?」
「まあね」
そんな顔してるしね。
「ばかだな」
まだ青白い顔をした浮竹が優しく笑った。
「まあね…」
京楽は浮竹の肩を抱いた。
浮竹は疲れたように息をついてその大きな身体に 体重を預けた。

「それにお前がいてくれる…」
とそっと呟いてそして眠った。







06152009