fragmentary dream (断章 〜断片の夢〜) −楽々探偵事務所− 自分の指を舐めてごらん 耳に優しい声が響く。 視界はぼんやりとしていてよく見えない。 なので頼りは唯一この優しい声。 自分にはこの声より縋(すが)るものがない。 何も見えないし、何も分からないのだから。 そう。上手だよ 体の内側が、甘くしびれてくるのが分かるかい? 指というのは鋭い感覚器でね、 神経が集中している。精緻なコンピューターでさえ持ち得ない 鋭い感覚が、精神を集中することでそれを超える だから心は重要なんだよ 続けよう。そうは思えないかもしれないが、 人間の肌は案外鈍感に出来ている。今の君の指先と、 ある一部を除いてはね 皮膚がごく薄いから、血液が透けていて赤いのだよ。綺麗だろう そう。ここと、ここ 男は自分の手をとって自分に示した。 そう。そうだよ。続けなさい もっと中まで入れてごらん そして良く注意して感じなさい 自分の内側に耳を澄まして そう。いい子だ 感覚が分断されていくのが分かるかい? 自分の指が舌に触れられる感覚と、自分の舌が指に触れている感覚だ。 それが同時に起こる。そしてどちらも自分のものだ 辛くなってきたら 声を出してもかまわない 自分で触ってもかまわない 大丈夫。僕は軽蔑したりなどしない。 君には僕しかいないのだから、 そんなことになったら困るだろう? 君は美しい器 優れた媒体だ 僕の… はっはっはっはっはっ…。 飛び起きた浮竹は乱れた呼吸を整えられない。 髪をかき乱して目を覆う。 …け。たけ。浮竹!」 誰か助けてくれ 誰か 止めてくれ! 「浮竹!」 君は美しい器。 媒体だ。 「あああああ!」 浮竹が叫ぶ。 「浮竹!」 自分の寝室から京楽が出て来て、浮竹を強く抱いている。 「浮竹。大丈夫。大丈夫だ。ここは浮竹の部屋で、 そばにいるのは僕だ」 落ち着いた声が言う。 「僕ときみの他には誰もいないし、誰も入っては来られない」 浮竹は京楽の腕の中でもがく。 「は、は、離してくれ」 「浮竹」 「は、離して…離さないで離さないでくれ俺を」 そう言いながら京楽の腕から逃れようとする。 「俺を、俺は」 「大丈夫。抱いていて欲しいならずっと抱いているし、 嫌だったら自分で出て行くことも出来る」 「はあ、はあ、はあ…」 浮竹が自分を取り戻そうとしている。呼び込もうとしている。 浮竹が孤独と共鳴、支配の混乱から帰ってくる。 京楽の名を呼んだ。 「うん?」 「…俺は目を開けているか?」 「開けているよ。泣いているから何も見えないだけだよ」 京楽が微笑み、ティッシュで浮竹の目をぬぐう。 「おれは起きているな?」 「起きているよ」 京楽は繰り返す。 「大丈夫だ」 「大丈夫…」 「大丈夫…」 end 06112010 |