小雨 「…っ。……っ。」 「浮竹。浮竹」 「……なん…だ?」 「何で黙ってるの」 「……うるさい」 長身の浮竹がさらに大きな京楽にしがみついてくる。 着物やら腕やら、どこでもいいから掴む場所をくれと言っている ような浮竹の腕がかわいかった。 浮竹はかわいい。 と、京楽は思う。 初めて身体を合わせたのはずいぶん昔、 それからもう長い長い時間を浮竹と一緒に過ごしてきた。 それでも浮竹は変わらずにかわいい。 それはまだ、二人が親友と呼ぶ範囲の関係の中にいる頃のことだ。 小雨の濡(そぼ)つ中での外出で、案の定風邪をおび発熱した浮竹を休ませると言って人払いをした京楽の、 まだ昼の明るい部屋で二人は一つの布団にくるまっていた。 「小雨が一番濡れるんだよ。気をつけないと」 大げさだな、と言う浮竹を寝かせた布団に、京楽は入って来た。 両肩を抱くと、なんだ?と問う色でこっちを見る。 浮竹の、そのような無防備なところが京楽は好きだ。 「寝かせるのじゃなかったのか?」 「うん。まあね」 それから京楽はしばらくの間、普段にはあまり見せない真摯な表情をして浮竹を見つめていた。 「…」 浮竹は黙ってそれを見ていた。 と、京楽が言った。 「くちづけてもいい?」 「…いい」 「いいの」 「いいさ」 京楽は浮竹を抱き寄せるとそっと唇に触れた。 浮竹が拒絶しないのを慎重に見て取って、それからぐっと深いくちづけをした。 浮竹も答える。 深い何度かの重なりの後、 「おいおいうまいな。やっぱり」 と浮竹が言った。 「ありがと。」 京楽は、もうちょっとロマンチックな感想はないのかと思って笑いしかし、 「念願かなっちゃった」 と言った。 「…」 浮竹はしばらく黙っていた。 発熱のせいで息が熱い。 京楽は少し心配になって、 「嫌じゃなかった?」 と聞いた。 すると浮竹は、 「嫌じゃない。俺はお前のことが好きだからな」 と言った。 京楽はほっとして、それから浮竹がさらりと言った言葉に驚き、喜び、その感情を いったん飲み込んで、つとめて優しく 「そうか。うれしい」 と言った。 そして袴の帯を緩めるとそっと浮竹に触れた。 途端に浮竹がびくりとし、体を強張らせた。 やっぱりだめかな? 京楽は思った。 浮竹はずるずると身を引いてゆく。 キスをせまった時の拍子抜けする態度とずいぶん違う。 よく見ると後ずさる浮竹の耳が赤く染まっていた。 駆け引きをしない男だ。 かわいい。 いける。 身を引く浮竹を京楽はゆっくり優しく抱きとめた。 「触るだけさ。させてよ。ね」 緩めた袴の腰の隙間から、手を差し入れた。 「浮竹。浮竹」 「…。」 「浮竹、顔が見たいよ」 「う。うるさい…」 下を向いて、声を噛んで、しかしぎゅうぎゅうと自分にしがみついてくる浮竹がかわいい。 「ほら。」 「っつ!」 浮竹はその感覚を覚える程に布団の下の方へ潜っていく。 京楽はもう笑い出しそうになりながら一度、 浮竹の両脇に手を差し入れて自分の顔の位置まで浮竹をずり上げてきて、いとおしむようにまた口づけた。 「きょ…」 「うん?」 「あ、あの」 浮竹が小さな声で言う。 「うん。いいから。そのままで」 いって。と低音で浮竹の耳に囁いた。 「っ…!」 浮竹は手がしびれるほど強い力で京楽と着物とを一緒くたにかき抱くと、 京楽の胸に顔を埋めて体を震わせた。 浮竹の息が整うまで、京楽がいとおしげに抱いていると浮竹が言った。 「これは…どういうことになるんだ?」 「うん?」 「いや、だから…その」 まずった。 と京楽は思った。 浮竹は自分のことが多少なりとも好きだと思っていたし、先ほどまさに本人もそう口にした。 しかしもしや万が一にも意味が違ったか。 「い、いやだったかい?」 「…」 「あ、その、嫌だったんなら、もうしないよ」 「…」 浮竹はしばらく黙って、それから少し頼りなげに 「…伴侶、と言うやつか?」 と言った。 「そうさ!そうとも!」 京楽はすかさず答えた。 浮竹はほっとしたように微笑んだ。 浮竹の笑顔は美しかった。 「しあわせだ。この上なく」 「そうか!」 京楽は狂喜した。 「そうか!そうか!ボクもだよ」 そんなやり取りのあと、浮竹はうとうとと眠りに落ちた。 風邪で発熱している浮竹に、京楽は性急に事の続きを求めることはしなかった。 京楽は起き上がって着物の乱れを直し、優しさ溢れるしあわせな気持ちで布団を掛けてやって部屋を出た。 しばらくして、京楽は解熱の薬湯を用意して戻ってきた。 浮竹は起きていて、窓から穏やかに傾いてくる陽光を見ていた。 音のない雨はいつの間にか上がっていた。 やわらかな陽に浮竹の白い髪が光ってとても美しかった。 京楽には浮竹の何もかもが美しかった。 京楽は、俺も相当あれだ…と苦笑しながら浮竹に声を掛けようとした。 すると気配を感じた浮竹が、京楽のほうを振り返らずに話し出した。 「俺はこんな身体だし、嫁はもらえないと諦めていた」 「…」 「だから1人は少し寂しいかと思うこともあった」 「浮竹」 「だが、こんな生き方もあるんだな」 浮竹は振り向いて、 「京楽が嫁に来てくれるんだな。俺の身体のことも知っているし、あまり贅沢は させてやれないと思ったがお互い仕事もある。お前は俺より金持ちそうだしな。 それになにより幸せだといってくれた。ずっと一緒だな。うれしい。すごくな」 と、京楽の賛美する無邪気で美しい顔で言った。 「あ…」 「ん?」 京楽はしまった相手は浮竹だった、と思った。 「…いや。ずっと一緒だ。寂しくないよ」 「ああ」 「楽しくやろう」 「ああ!」 その時京楽は、品のない事で申し訳ないながら、 嫁は浮竹の方…と思ったが、時が来るまでは黙っておこうと思った。 「京楽」 「ん」 「お前と初めてこうしていた頃のことを思い出していた」 時が経ち、美しさと更に精悍さが加わった顔で、浮竹が言う。 「奇遇だねえ。ボクもだよ」 「そうか」 「うん」 「俺はその時にお前について初めて知ったことがある」 「な、何かな?」 浮竹は 「京楽の真顔はスケベなことを考えている時の顔なんだな」 と言った。 了 06192009 おっさんたちの恋愛。 浮竹は恋人になっても京楽を親友でもあると言うと思う。(06202009・加筆 08102009 加筆・訂正) |