雪明り (「浮竹雪祭り」2009年 投稿作品です) 午前零時前、二人は雪の中を歩いていた。 二人の後ろには二人分の足あとがあり、二人の前にはまっさらに何もなかった。 「誰も踏んでいない雪ってまだ手をつけていない生クリームケーキみたいだ」 子どものようなことを言って前を行くのは適当に酔って上機嫌の浮竹だった。 本日、大掃除と偽って十三番隊の皆がこっそり用意していた、 浮竹の誕生日を祝う宴席が設けられた。 浮竹は例によってそんなことは忘れていたので、皆の計らいにひどく感激していた。 いつの間にか他の隊の酒好きや浮竹好きの者などがまぎれて集まりだし、 ただの飲み会になった頃、京楽は浮竹をそっと連れ出した。 いつもぴったりとついてくる席官の二人は、自分たちは主催の責で最後まで残るのでと言って、 隊長をどうぞよろしくお願いしますと、丁寧に頼まれた。 雪は音もなく降っている。 「浮竹。転ぶよ」 「まさか!」 浮竹は言って 「俺を誰だと思っている。世界を守る死神、護挺十三隊の隊の…」 舌がもつれる。 「…浮竹家の八人兄弟の長男だ!」 山じいが聞いたら泣くであろう。 「浮竹え」 「うるさいなあ。そう易々(やすやす)と転ぶものか。俺を誰だと…」 足をとられた浮竹は生クリームケーキの中にうずもれた。 「…」 浮竹はごろりと仰向けになって空を見ている。 「なんだかゴミみたいだ。ゴミみたいのが降ってくる」 「早く起きないと濡れるよ」 「子どもの頃にそう思ったんだ。本で読むのとずいぶん違う」 「…きれいだなあ」 浮竹は矛盾したことを言う。 しかし気持ちはよく分かった。 「冷えるから」 「こんなこと、めったに出来るものではないぞ、京楽。楽しいなあ!」 「お前も来い」 「ここに寝そべれ」 幼い頃から病がちでしょっちゅう寝込む浮竹に、ふつうの子どもがやる遊びが 許されることはそう多くなく、時々このようなことで浮竹はひどく喜ぶ。 京楽は苦笑して、 「早く立って浮竹。冷える」 浮竹が黙る。 「浮竹?」 「気持ち悪い…」 「酔ったの?」 「…気温差が大きいと時々そうなる」 「それを早く言いなさいよ。ほら」 京楽は手を差し出した。 このままでは完全に風邪を引く。 京楽は酔っ払って濡れている浮竹を背負った。 ついでに自分の編み笠を浮竹の頭に被せてやった。 軽いな、と思った。 袴の布で巻かれている中から感じる浮竹の足の感触も、いつも、思うより細い。 浮竹は背中で実家の話をしている。 家族の話題が多いのは誕生日のせいか。 いつの間にか雪は降り止んだようだ。 京楽の歩くまっさらな道を、月が照らしている。 いちめんの雪がそれを反射してなお明るい。 京楽は雨乾堂に着くと浮竹を降ろし、床を延べた。 「浮竹ー着替え」 「はいはいはいはい」 「…はいは、一回」 「はいはいはいはいはい」 京楽は呆れるが我が儘な浮竹は身体が元気な時の証拠である。 「薬、飲むの?これ。置いてあるけど」 「んー。あ、この字清音だ」 必ず飲めと書き付けてある。 今日の昼の騒動のせいで浮竹管理が厳しくなったようだ。 「酒と一緒で良いのかなあ」 「知らん」 言うと浮竹は水差しでぐいとあおった。 「あーあ」 「ああーしあわせだー俺はしあわせ者だあー」 浮竹は繰り返す。 今日がよほど楽しかったと見える。 「はいはい」 「はい、はいっかいだぞう。京楽」 浮竹が指を指して言う。 京楽は肩をすくめて受け流すと言った。 「おめでとう浮竹」 「ああ、なんだあり…」 キスをしようと迫った京楽に浮竹が。 「…薬くさいぞ」 と言うと、 きゅっと強く口付けてから、京楽は 「甘いよ」 と言った。 了 12062009 (12282009 加筆) (07192010 加筆訂正、おめでとうの部分。なんと!半年後に話の矛盾に気づいた) 甲斐甲斐しい京楽(笑)。 |