十三月     (じゅうさんがつ)




「さんぜーんーんんん、せかあいのぉ、烏をころぉし…」

京楽が浮竹の膝枕で、都都逸を唄っている。
時々零しそうになりながら赤い小皿で酒をすする。
「京楽、それは黒豆の皿だ」
「どれも同じさあ。酒が飲める。とと甘い」
黒豆の煮汁が混ざった。

それから京楽は、つと真顔になって下から浮竹を見つめた。
「主(ぬし)と朝寝がしてみたい」
「…」
二人はごろんと絡まって寝転んだ。

彼の白い髪はいつからこんなに長いのだろう。
学院時代は短かった。
すると
「長い髪だな」
同じことを浮竹が言う。
自分の黒々とした癖のある黒髪を、手のひらでなぜる。
酔った自分には浮竹が何をしてもあだっぽく見える。
着物の袖が下がって浮竹の白い手首が露(あらわ)になった。
細い。
「ええい、憎い」
「?」
「この。憎い憎い」
「京楽?」
「遊女は『好き』を『憎い』という言葉に託すのさ」
「お前が遊女?」
彼が笑う。
「酔ってるお前は脈絡が分からん」
「酔っ払いとは概(おおむ)ねそういうものよ」
「椎茸を焼こう」
浮竹ががばっと身を起こした。
「は。このなりでかい?この次はこう…互いの唇を…」
「いや、立派な椎茸を貰ったんだ」
「…浮竹は酔ってなくても脈絡がない」
「お前と一緒に食おうと思ってとっておいた」


じゅうじゅうと薄く白いひだが潤ってくる。
温められた椎茸は柔らかくしなだれて、浮竹の白くすじばった細い指から はすりおろした生姜が零されていく。
「あと小口の葱と、最後に醤油だ」
「ふうん。椎茸のやつめ喜んでいる」
「さあ食おう。うまいぞ!」
浮竹は立ち上がって皿を取りに行った。
初めに全部を持ってこないところが要領が悪い。
浮竹らしい。



「やめろ…」
「やめない」
京楽は笑って浮竹の着物の衿元から手を差し入れる。
「もうすぐ仕事に出るんだ」
「こんな日に」
「こんな日でも働く人はある」
「休みを取れなかったなんて、要領が悪いよ」
「取らなかったんだ」
「なおさら悪い」
京楽は後ろからのしかかって浮竹をかき抱いた。
「僕が死んだら殺された烏から責め苦を受ける」
京楽の重みで浮竹が前かがみになって、長い髪がひとすじ流れた。
「遊女が客と取り交わす起請文には、あなたと一緒になります。と書いてある。 その約束を破ると熊野の烏が三羽死ぬ。遊女はそんな起請文を実は 何通も作っている。僕は全世界の烏を殺してでもいいから 、他の客と取り交わした約束をみんな破棄させて、人気遊女のお前を一人で独占したい…」
「京楽」
「という唄を作った奴の気持ちが良く分かる。 僕は何をも捨てても死んで責め苦を負うとしても君を僕の独り占めにし…」
「そういうことを言うな」
「君がつれないから」
「…」
「怒ったの?」
「どこで覚えてきたのか知らないが」
と浮竹は言い、
「第一に俺もお前も遊女じゃない」
「第二にだから俺もお前も客でもない」
そこで京楽が、
「二人は互いに好いた恋人同士」
「…冗談でも死んだらとか言うな」
後ろから抱かれている浮竹は前のめりに逃れた。
「ごめんね」
腕を取られてすぐに捕まった。
首筋に口づけを受ける。
「ひげが痛い」
「またまた」
着物がくつろがされる。
「京楽」
「ん」
なだめながら手際よく帯なぞ解かれる。
お互いの着物と布団が絡まって浮竹はその中に埋もれる。
京楽は逃れる浮竹を追いかけて行って愛撫する。

そして浮竹はじきおとなしくなる。
浮竹はいつもより少し優しい声を出す。
「ん…」
浮竹は絡まる手を感じながら、キスを受けに行こうとし、 自分の長い髪を肘で踏んで顎があがった。
「つ。」
意図を察した京楽が微笑んで被さってくる。
「浮竹」





「仕事だ」
「つれない」

「要領が悪い」
「うるさい」


「僕はここで、一年が十三ヶ月あるような顔をして待っていよう」
「なんだいそれは」
「さあてのんきな正月のことさ。君はお仕事」
「ああ。行ってくる」


口移しに残った生姜がぴりりと香った。












01102010 (同日、寝ておきてから加筆)
お正月の風景。しいたけおいしいよ。


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