小春 (こはる) 気候の良いのが続いている。 秋の暦に入ってからしばらく、冬のように寒い日や 、初夏のように汗ばむ日が不規則に続いたあと、 晩秋になってようやく陽気が安定した。 ここ数日はとても良い。 紅葉狩りにでもなんにでも向いている、 心が浮き立つ、そんな日だ。 短い秋のそんな日を、何をも望むことも許されず一人過ごす友人を見舞いに、京楽は歩いていた。 浮竹がずっと床に伏していた。 足音を忍び、静かに雨乾堂の戸を開ける。 浮竹は寝ているようだった。 京楽は浮竹の寝顔をただ黙って眺めていた。 部屋はいつものように整頓され、主が床に伏して長いことを思わせるような乱雑さはなかった。 それが静かさを強調してもいた。 まるで明日いなくなってもどこも恥ずかしくないというような、そういう部屋が京楽は気に入らなかった。 数分もしないうち、浮竹がふと目を開ける。 「ごめん。起こしたかな」 本当は自分が来れば、浮竹はこうしてまもなく目を覚ますことを知っていた。 それでも顔を見ずにはいられなかった。 「いつ来た」 浮竹がかすれ声で言う。 「たった今」 「…今何時だ?」 「ん…四時をまわったところ」 「どっちの」 「夕方」 「そうか…」 浮竹はぼんやり天井を見つめている。 「何かいるものある?」 「目を覚ましても今がいつか分からない」 「…」 浮竹はゆっくりと身を起こした。 「そのままでいいよ」 京楽は言ったが浮竹を手伝って背を支えた。 「どうだい」 「暇にしている。特にやることもない」 「君は今何もしなくていいんだよ…片付いた部屋だね」 「うん、海燕や…海燕はあまりしないな。でも皆がいつもきれいにしてくれている。 なにやかやと皆優しい」 「海燕君に同意」 「?」 「いいや。なんでも」 京楽は微笑んだ。 「それでも、そうそうルキアちゃんのこと、こっそり白哉君に頼まれているんだろう? 席官には云々と」 「相変わらず耳が早いな。しかし直にそう言われたわけではない」 「ふうん。まあ彼のことだからな、頭を下げてお願いしますって感じでもないな」 「妹思いのいい奴だ」 「君も人の良い」 「そうかな」 「まあ君、信頼されているんだろうね」 「だけどね」 と言って京楽。 「あのね。それがなくたってね、浮竹はちょっと背負いすぎだよ」 「そんなことないさ。それに背負うのが隊長の仕事だ。お前だって」 「僕のなんてたいしたことはないんだよ」 「それに、それくらいしか俺にはしてやれることがない」 「浮竹。人は嘆きながらより大きな困難を乗り越えていくものなんだ。 微笑みながらではない」 京楽は演劇のような調子でそう言ったあと、ちょっと視線を浮かせて、 「辛いなら辛いと言っていいのさ」 とできるだけ軽やかに聞こえるように言った。 浮竹が何か言おうとしてこんこんと咳き込む。 「おや」 京楽が背をさする。 「さっきの」 「ん?」 「いるものはないが、一つ頼みがある」 「なんだい?」 「今日は天気が良かったか」 「ああ、いい陽気だった。まさに小春日和だね」 「そうか。お前が来るときまだ陽はあったか?」 「うん。穏やかにあった」 「うちの者は俺を外に出してくれない」 「みんな君が好きなんだよ」 「落ち葉が見たい」 「ん、何」 「落ち葉がひらひら落ちるのを見たい」 「風が吹いて、音もなく落ち葉がきらきらと舞い落ちてくるところが見たい。 あれは不思議だ」 「浮竹…」 京楽はそんな風にただの日常を美しいものとして欲する浮竹に胸を突かれた。 浮竹のその鮮烈さを胸に焼き付けたいと思った。 そしてすぐに打ち消した。 僕はいったい何を考えている。 これではまるでこの部屋と同じように、浮竹が今にもいなくなると思っているみたいじゃないか。 「京楽?」 京楽は少し声を張った。 「そうか。よし、じゃあいつもの怒られ役になってやろう」 「ありがとう」 外に出るとき、京楽は一度部屋に戻った。 「少し待ってて」 「なんだ?」 「忘れ物」 それからゆっくり歩き出した。 日差しが、もう傾いてきてはいたがなる程春のように穏やかだった。 時折風が吹いて、浮竹の白髪を揺らす。 それで少し、浮竹の髪が寝癖ではねているのが分かった。 京楽は微笑む。 「?」 「いいや」 「お前は何でもうちに飲み込む癖がある」 「うん?」 「お前は人よりいろいろなことを感じ取っているはずなのに、 思っていることを全部は言わない。時々、言えば楽になるのにと思うこともある」 「無粋だから」 京楽がそう思っていることは知っている。 だから浮竹もそれ以上は聞かない。 「それが美学」 京楽がもう一度言った。 それに、と京楽は続け、 「だって僕ひどいことをいろいろと考えているから。浮竹のこととか」 「俺の、ひどいこと?」 「うん」 「なんだいそれは」 「言えないって」 京楽はなぜか楽しそうにふふんと笑った。 「気になる」 「綺麗だ…」 舞う木の葉を見て浮竹が言う。 「ああ、綺麗だ」 木の葉は秋の陽光を浴びて、思うのよりゆっくりと舞い落ちる。 まるで時間が止まっているのを見ているような気さえした。 と、 「まるで時間が止まって見えるようだ」 同じことを浮竹が呟いた。 京楽は浮竹の横顔を真剣に見つめた。 「僕は今、重大な決心を固めた」 「なんだあらたまって」 「うん」 「浮竹が望むのなら」 「…?」 「君はこれから大事なものを一つ失うが、永遠を手に入れる」 京楽は浮竹に言って自分に引き寄せ、その色の薄い唇に口付けた。 さああっと音を立てて落ち葉が土に抽象的な絵を描く。 「さあ冷えてくるからもう中に入ろう」 京楽は用事があるのを抜けてきたからと言って、 雨乾堂の前まで浮竹を送ると一人帰ってしまった。 浮竹がぼうっとしていると、折りよく海燕が戻って来るのと鉢合わせた。 京楽はそれを知っていたのかもしれない。 「海燕…」 「海燕…じゃないですよ!隊長!外に出かけたんですか!?」 「あ、う。すまん…」 「さあさあ、早く中に入ってください。まったく…」 「京楽のうそつき…」 一緒に怒られてくれると言ったじゃないか… いや、変わりに怒られてくれるんじゃなかったのか。 「何ですか?」 「な、なんでもない」 海燕に促されて部屋に入ろうとした浮竹は足を止めた。 後ろの海燕が先に声をあげて笑った。 「何ごとスか、この部屋は」 「…」 雨乾堂の中が散々に乱れていた。 文机には書物が積み崩れ、コップは飲みさしにしてあり、着物が散らばり、布団が乱れていた。 そして寝たままに書き物をしたような様子。 知っている。 これは京楽が時々やる悪戯だ。 理由を問うたことはないが今日は少し分かった気がした。 「筆が乾くぞ」 浮竹は笑う。 くっくっくっと笑い、そして止まらなくなった。 海燕が呆れてはいたが何故か陽気に 「しばらくあとで、茶ー持ってきますんで」 と言って出て行く。 浮竹が振り返ると、帰ったはずの京楽がのしかかってき、 「まるでついさっきまで愛し合っていたみたいな布団だろう」 と耳元で言った。 「さっきの、本気だから」 浮竹は考えるふりをする。 「浮竹?僕すごく勇気を振り絞ったんだよ」 「遊びや悪戯じゃないんだな」 「違うよ」 「さっき、お前に抱き寄せられたとき」 「うん」 「あたたかいと思った」 「うん」 「お前のにおいがして、お前のぬくもりだと思った」 「うん」 「海燕は知っていたのか?」 「さあどうだろうね。でも既成事実が出来たわけだ」 「ついさっきまで…ていうあれか?」 「ん…」 京楽は浮竹の肩口に顔を埋めてついばむ。 「ま、それは察しのいい彼のことだから僕の気持ちをくんで…」 そしてふと顔を上げ、 「しばらくあとで、ってどれくらいあとだろう?どこまで許されたんだろう僕は」 と言ってみた。 それから京楽は浮竹を乱れた布団の上にそっと押し倒し、 浮竹のその長い髪を撫でた。 「俺が了解する確信はあったのか?」 「…ないよ。 だけど君は僕が同情や何かでこんなことを言うとは考えない男だし、 断っても友人として付き合っていくだろう。 もし友人に戻れないとすれば僕のほうの問題だ。それに対処する覚悟はした」 浮竹はどう思ったのか、なんとも言わなかった。 京楽が浮竹の着物の合わせに手を差し入れる。 「俺のひどい…ってこういうことか」 「無粋無粋」 「さっきのは気障だったな…永遠て、どういう意味だ?」 「まだしゃべるの?それは」 「言葉で説明するものじゃあない…」 京楽はそう言って熱をこめて浮竹の口を塞いだ。 了 11282009 寛大だな海燕…すぐに戻ってくると思うけど。 …おっさんたちの恋愛好きだ。告白する春水編でした。 |