トワイライト 茜色に暮れかかる静かな夕べである。 少し珍しいものを見た。 十二番隊隊舎の傍を通りかかると、二階の窓に二つの影があった。 涅マユリとその副官ネムである。 マユリはほとんど全裸に近く、椅子に座らせたネムの黒髪をゆっくりと 梳(す)いていた。 ネムは伏し目がちに、うっとりとした表情で薄く頬を染めていた。 マユリの表情は読めなかったが、耳のない、顎に金具のある素顔のマユリはしかし、 驚いたことに目の覚めるようなコバルトブルーの髪に、それが映える陶器のような白い肌、そして 冷たく鋭くしかしなんとも整った美しい顔立ちをしていた。 奇妙に静かな時間がそこにはあった。 「へえ…」 京楽はひとり呟いてゆったりと歩いて行った。 ここの隊はまたひと際変わっているけれども、 押しなべて言えることはどこの隊も隊長と副官の仲は良い、ということだ。 どんな意味においても。 京楽は自分の行くべき方へ気持ちを向けた。 いつものように雨乾堂の廊下を渡り、ひらりと竹編みの日除けを持ち上げた。 そして言葉を失くした。 「ああ京楽、ちょうど今帰ったところだった」 浮竹が陽気に呼びかける。 絶句している京楽に、浮竹は首を傾げて言う。 「どうした京楽」 「いや…どうした浮竹」 「なに」 「その、」 「ああ」 「髪」 浮竹は少し笑ってそして後ろに手をやり、 「涅が結った」 と言った。 浮竹の髪は顔の脇に長くひとすじずつ残され、残りは後ろに一つ、きれいに編まれていた。 ネムと同じに。 似合ってはいた。 「…なんでまた」 京楽は先程見てきた光景を思い出していた。 「古い書物を探すのを頼まれたんだよ。 ほら、古株って僕らと、あと四番の卯ノ花君だろ。彼が昔の資料を探しているときは、よく頼まれる」 「頼まれる?よく?」 「ああ。それで髪が邪魔だろうからねとか言ってたまに結われる。 これだとなるほどすっきりとして、うつむいても髪が垂れてこないんだ」 「頼まれるって、いちいち手伝ってやっているのかい?」 「ああ、まあ時間があれば。しかし器用なものだな」 「僕は頼まれないよ」 「お前は頼まれてもやらないだろう?」 「…ねえ、僕何か君に悪いことでもしたかな」 「なに?」 「何か怒ってたりする?」 それから京楽は、ごほんと一つ咳払いをして、 「君は涅君の、素顔を知っているかい?」 と聞いた。 浮竹は不思議そうに 「なんだ、京楽はさっきから少しおかしいな。知ってるよ」 と答えた。 「あれ?あれ?浮竹って涅君と親しいの?」 「親しいっていうか、話はするが…」 涅マユリはいつも、浮竹の髪を丁寧にゆっくりと梳きながら、 その間に浮竹に語りかけるように話す。 「白髪は丁寧にケアしているのが良いヨ」 「五という字ね、あれは光の加減か何かでどうかして一本消えると王に見えるネ。キングだ」 「まあ戯言、言葉遊びだヨ。何にしても君が憂えることはナイ」 浮竹の髪を結う時、マユリは彼のいとし子ネムと同じように自分を扱う。 思い出して少し恥ずかしくなった。 「あれじゃネム君と同じだな…」 頬を染めて意味深長に言う浮竹を見て京楽が声をあげる。 「ネム君と同じ!?」 「ああ、子ども扱い―京楽?」 京楽は浮竹の両の肩を掴むと力任せに押し倒した。 「何するんだ京楽!」 「君はいい加減無防備すぎるんだよ!」 浮竹の背にある編み込みの最後には、七宝か何かで作られた美しい球体が留められていた。 京楽はするりと球はずした。 すると内側に小さな紙片が巻かれていたらしく、はらりと落ちてきた。 何か筆で小さく書いてある。 京楽が拾って読むと、 ”少し味見させていただいタ。美貌の白皙の情夫へ” 美貌の白皙とは浮竹のことだろう。 情夫は…僕か。 「僕、からかわれているのかな」 京楽は言葉とは裏腹に怖い目をして鋭く浮竹を見つめると、下に敷いた浮竹の口を強く吸った。 「痛いっ」 「痛くしてるの」 「やめ…」 「やめない」 「まだ風呂に入ってない」 「かまわないさ」 「俺がかまう!」 「汚してもいいよ」 「京楽!!」 京楽は始め浮竹を強引に抱こうとしたが、下から浮竹に腹を蹴りあげられた。 それからはゆっくり、いつものように二人は抱き合った。 果てた余韻に身を任せて、布団に寝転がりながら七宝の髪留めを眺めていた。 光にかざすと硝子の部分が透けて綺麗だった。 しかし、よく見ると紙片がもう一枚貼り付けてあった。 これもまた筆で、何か書かれている。 ”拝見したヨ。覗いていたお返しダ。大事にしたまエ” 「…」 覗いていたお返し?髪留めに何か仕掛けがあるのか… しかし二人を見たのは浮竹の帰った後のはずだった。 こんなものを仕込む時間はない。 「やっぱり僕、からかわれたのかな」 隣で浮竹が問うてくる。 「なんだ?」 「いや、間抜けな話さ」 夕闇が二人を包んでいる。 雨乾堂の障子に映る二人の影が再び重なった。 了 09042009 マユリ様はそんなに親切ではないと思うんですが。エロこわく書けなかった… ていうか外から見えてるのやばい人たち。/FONT> |