立夏 チッと舌打ちする音が聞こえた。 ついでぐにゃりと傾(かし)いだ床が元に戻り、腰が安定した。 大きな手が乱暴に浮竹の羽織の上から袴の背を掴んでいた。 どうやら隣に立つ剣八が、浮竹がめまいを起こしていることに気づいて 支えてくれたおかげで、その場にばったりと倒れることはまぬかれた。 荘厳にそびえる一文字を掲げた扉の中、隊首会議の場である。 「おい」 浮竹は背帯を掴まれたまま斜向かいにいる編み笠姿の京楽に差し出された。 扱いが酷く悪いが文句は言えまい。 事の始めから見ていた京楽はすぐさま浮竹を受け取り、 「山じい。」 と、この場の長を務める一番隊隊長の方を見て言った。 山本元柳斎は目だけで頷き、退出を了承した。 「悪いね」 京楽が剣八に声をかけると 「寝てろバカが」 という答えが返ってきた。 京楽はもう一度「どうも」と言って、隊首会議なんていつも欠席しているようなものなのだから、 体調の悪い時にわざわざ出てくるな、という意味だろうと最大限に解釈した。 「…京楽」 「おやお目覚めだね。気分はどうだい?」 「ああ…」 「20分くらい寝ていたよ」 「悪かったな」 「なんの。おかげで隊首会をサボれた」 風のよく通る屋内の涼しい場所に二人はいた。 外が眩しい。 強い日差しが肌を刺す。 「陽気のせいかな。」 「少し立ちくらみがしただけだよ…」 立ちくらみで20分も寝てしまうの。 京楽はその間中浮竹の顔を見ていた。 また少し痩せた、と思った。 「仙太郎たちには内緒にしててくれ。また雨乾堂に軟禁されてしまう」 「はは。承ったが、また無理して二人にあまり心配かけなさんな」 「ああ。かけないよ」 まあ、それもどうかね。 「かけないように、お前のとこに行くよ」 「はいよ」 そうか、うれしいね。 心地よい風が浮竹の額の髪をさらった。 「立夏だな。もうじき夏になる」 「そうなの。めまぐるしいものだねえ」 「竹の子の季節だな」 「それはいい」 「剣八に御礼をしなきゃ」 「彼はそういうの、気にしないと思うよ」 「やちるちゃんは焼き竹の子は好きかな」 「そっちが目当てね」 浮竹は笑った。 了 05262009 |