メルトダウン




それは突然の出来事だった。


浮竹が昼から少し咳をしているので、京楽は浮竹をただ自分の腕に抱いて寝た。
浮竹は何故かこういうのをとても恥ずかしがるが、やがて静かな寝息をたて始め、眠った。
そして京楽も目を閉じた。

明け方。

京楽は何か気配の異変を感じて目覚め、浮竹を見た。
浮竹は身体を横に倒し、胸を押さえている。
「浮竹、苦しいの?」
呼吸が乱れてひどい。
浮竹の手首に触れ、脈を取った。
異常に早かった。
「浮竹」
浮竹はぜいぜいという呼吸音を立てていて返事をしない。
次第に唇が紫色を帯びてきた。
額に玉の汗が伝う。
見る見るうちに浮竹の状態は悪くなってゆき、 京楽は自分の鼓動が早くなるのを感じた。
一段深く浮竹が胸を押さえたと思うと、次に身体を固くこわばらせた。
「浮竹!」
痙攣。
「くそっ」
京楽は咄嗟、浮竹の口の中に自分の指を差し入れる。
舌を噛ませぬためだった。
「っつ!」
ものすごい強さで浮竹の口が閉まる。
痙攣か?子どもが起こすんじゃなかったか。

知らせはすぐに届き、卯ノ花自らがやって来てくれた。
部下に迅速に指示を出し、京楽を見るとすぐに浮竹の口の中へ棒に巻いた布を差し入れ、 梃子(てこ)のようにしてゆっくりと京楽の指を抜いた。
「止血を」
卯ノ花が言い、部下が京楽を促す。
京楽は浮竹を見ていた。
「京楽隊長」
京楽は聞かない。
「京楽隊長、こちらへ」
京楽は動かない。
「京楽隊長?」
京楽は浮竹から目を離さずに言った。
「…僕は大丈夫。それより浮竹を」
「浮竹隊長はうちの隊長が診ていますから、京楽隊長はひとまずこちらへ」
「うん」
京楽は言うが、言うだけだ。
「あの…」
四番隊の部下が戸惑う。
「あの、傷の手当をいたしますので…」
「うん、分かったよ」
京楽は言うものの、触れるものを全て切り裂きそうな空気をまとっていて、四番隊の部下は身震いした。
「きょ、京楽隊長。お座りください」
しかし卯ノ花の部下だ、努めて冷静に対処する。
「ああ、悪いね」
進まぬやり取りが続く。

かはっ、ともごほっ、ともつかぬ何か小さく空気の破裂する音がし、 浮竹がうっすら目を開けた。
卯ノ花が浮竹の耳元で何か言う。
浮竹はそれに一つ一つ頷き、それから力ない指で示す。
「京楽隊長、こちらへ」
卯ノ花の言うのと同時に京楽はすぐに浮竹に近づき、浮竹を覗き込む。
浮竹は京楽を見ると手を伸ばしてきた。
京楽がそれに応えようと口を開きかけると、浮竹は京楽の顔を、ぱちん、と叩いた。

「しっかりしろ。」

やっと聞き取れる程の小さな声で浮竹が言って、 しばらく京楽を見ていた後、それからまた目を閉じた。

京楽は耳元に大声で怒鳴られたようにわんわんと浮竹のその声を 感じたまま、隊員に促されて下がった。


四番隊の男が京楽の手の処置を行いながら、
「危ないですのでこのような場合は、今のような布か何かを噛ませて下さい」
と言っている。
「京楽隊長?聞かれてますか?」
京楽の耳には先ほどの浮竹の声が耳鳴りのように繰り返し聞こえている。

と、浮竹の方が一気に騒がしくなった。
「処置を―」
「―!」
「―!」
声が重なって何事かよく聞こえない。
浮竹が激しく咳をしている。
「身体を横に倒して」
卯ノ花が言う。
と同時に浮竹が嘔吐。
鮮血であった。

卯ノ花はしばらく浮竹の体制を支えて身体を楽にさせ、 浮竹の咳が収まると再び静かに寝かせた。
「浮竹隊長、話さないで下さい。声は出さないで」

卯ノ花は浮竹の肺に耳を当て紙に何か書付け、 それから指示書を部下に渡してこちらへ来た。

京楽は押し黙っていた。
「京楽隊長、冷静にお答えください」
卯ノ花が京楽に言った。
「昼間の様子は」
「変わらない。咳は少ししていた」
「熱は」
「浮竹は熱があってもいつもと変わらない」

浮竹がうっすら目を開けた。
「そこをどけてくれないか」
「浮竹が見えない」
京楽の大きな身体をやんわり押さえ、気丈な四番隊長は言った。
「浮竹隊長は様子を見て四番隊隊舎に移します」



雨乾堂から浮竹が運ばれて行く側に付き添って 京楽も外に出た。
意識が戻って土気色の顔をした浮竹が京楽を見た。
何か言おうとしていることが分かったので京楽はすぐに 浮竹の側に寄る。
浮竹がまた
「しっかりしろ…京楽」
と言った。




京楽は朝焼けを見ている。
夕暮れと違って朝の焼けるようなこの時間は短い。
ふとするともう日が昇りきって世の中を照らしている。
そんなことをよく、夜通し愛し合い乱れた布団の中で浮竹と話した。

浮竹はまたしばらくの入院となるだろう。
「参ったねえ…どうも」
自分の融解点はもっと高いと思っていたが違った。
「修行が足らないよ…」

雨乾堂に残った京楽は、まだ温もりのある布団に顔をうずめた。

浮竹のにおいがする。









10022009


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