保健室の人   6



「寂しい子どもに見えるんだ…」
と浮竹は言った。

京楽は浮竹にキスをした。

部屋に一瞬の静寂。
浮竹は少しの間声も出さず動きもせず、それから静かに、 ただゆっくりと京楽を押し返した。
「先生」
「…」
「先生、なんか熱くない?」
触れた浮竹の手や唇が熱かった。
「そうか?」
と言ったあと、浮竹は少し強く咳き込んだ。
京楽から少し離れ、下を向いて、堪える。
しかし伏した浮竹の背の震える激しい咳が続いた。
「ちょっと、先生大丈夫?」
京楽は心配になって覗き込む。
胸を押さえるのと反対の手を京楽に上げ、浮竹は「大丈夫」と示す。
少し治まってきたところで、浮竹は京楽ににこっと笑いかけた。
「さて、お前を送ってやらなくてはならないが…」
「あのさ、先生さ、さっき僕」
「うん?」
さっき僕先生にキスしたんだけど。
「さっきの、ちょっと応えてくれたよね」
「そんなことはない」
「いや、ある」
「気のせい」
「じゃない」
「…参ったな」
「僕ね、先生のこと」
「待って、待ってくれ。お前は生徒、俺は教師」
「臨時じゃない」
「まあ。あ、いやいやいや」
「参ったな…」
浮竹はもう一度呟いて頭をかいた。
白く長い髪が揺れる。
「続きもしたい」
「こらこら」
「先生は?」
浮竹は逃れるようにコツコツコツと机に向かって歩き、 引き出しから車のキーを出した。
「もう下校時刻も過ぎるから、大事を取ってお前は俺が送って行ってやろう」
「ほんと?」
「ああ。その前に少し書類を片付けるからちょっと待っていろ」
京楽は誤魔化されたと思ったが、車でも話せるし、と思い従って待った。

もう一度ベッドに横になり、京楽は目を瞑る。
動悸がする。
言葉ほど京楽に余裕はなかった。
浮竹とキスを、した…

椅子のきしむ音と、浮竹が弱く息を吐く気配がした。
「先生?」
と、それから金属のトレイが支柱ごと倒れる大きな音。
「!」
「先生!」
京楽がベッドから飛び降りて机の方を見ると、白衣を翻して浮竹が倒れていた。
「先生!先生!浮竹!」
浮竹は京楽に抱き起こされても白いのどをぐったりとのけぞらせて返事をしない。
京楽は先ほどよりも激しい動悸とともに、世界が反転するのを感じる。
震える手を押さえながら机の電話に手を伸ばし、職員室へ通ずる番号を押した。


しばらくして救急車の音がして、騒がしくドアが開け放たれ 何ごとかのやり取りの後、折りたたみ式のベッドで運ばれていった それは意識を失ったままの青白い顔をした浮竹だった。


京楽の記憶が甦る。
「身体が弱いんだ」と笑う浮竹。
「ここがね」と胸を突く浮竹。
保健室のベッドにぐったりと伏している浮竹。
「時間がない」
というあの電話…


なぜもっと本気にしていなかったのだろう。
浮竹ははじめから何も隠してはいなかった。



それから浮竹はこの保健室に、戻っては来なかった。










10242009


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