保健室の人 5 秋、天高し。 京楽春水は板張りのよく磨かれた道場にいた。 部内紅白戦に出るためだ。 京楽の通う高校は、何らかの部活に所属することが定められていて、 京楽は昔剣道の心得があるという理由だけで剣道部に所属していた。 当然のように幽霊部員であった。 夏に3年生が引退し、新たなレギュラー固めの資料とするため、個人の力を計る部内紅白試合が行われた。 ここでだいたいの部内でのランキングがつけられ、また出ないと除籍になる。 京楽は順当に勝ち上がっていた。 準決勝であたるのは最近頭角を現してきた一年後輩の、 京楽よりさらに長身の体格のよい男だった。 この辺で負けておこうかな。 下手に勝ち残ってレギュラーにされてもめんどうだ。 「始めえ!」 の合図で一歩踏み出した。 相手はだんっと踏み込んで大きな気合声をあげ威嚇してくる。 京楽はひょいひょいと軽く跳躍して間合いを取った。 相手が打ち込もうと前に出てくる。 その時京楽の視界に、白い髪をした白衣の男が一瞬映った。 次の瞬間には床に倒れていた。 天井の照明が明るくて綺麗だった。 起き上がるのが面倒だった。 が、すぐに起き上がらないと教師に怒鳴られる。 ところが 「起こすな、そのまま」 などと言う声が聞こえた。 そして次に目を開けると、見慣れた保健室の天井であった。 額には冷たいタオルの感触。 「…保健室」 「ああ、気が付いたな、京楽」 浮竹だった。 「あれ?」 「脳震盪を起こしたんだよ」 京楽が浮竹に気を取られた瞬間、竹刀で押して距離を取ろうとした相手の巨体がまともに当たり、 受け損なって押し倒された。 「不覚…」 「まったくな」 浮竹は笑った。 「京楽は剣道も得意なんだな。あそこで何でぼうっとしてた?カウンターで取りに行くのかと思ったのに」 「見てたの?」 「ああ。一回戦から」 「僕を見に来た?」 京楽は言ってみたが浮竹はそ知らぬ風で 「俺も昔剣道をかじっていたから、興味があってな」 などと言う。 「似合わない」 「なに。成績は良かったぞ」 浮竹はこほんこほんと小さく咳をした。 「先生さ」 京楽が問いかけようとすると浮竹は、 「京楽は何にも本気にならないな」 と言った。 「…」 「なれないんだな、お前。苦しくはないか?」 「…苦しい?」 「何にも打ち込めないのは苦しいだろう」 「…」 「お前は何でも出来るし何に対するのでも冷静だが、つまらなそうに見える」 京楽は何か言おうとしたが、 「寂しい子どもに見えるんだ…」 と浮竹が言ったので、きゅっと少しのどが苦しくなった。 「バカの方が楽しいぞ」 浮竹は笑った。 「せんせいみたいに」 「ああ」 浮竹がそう答えて京楽に近寄ったところを、京楽は浮竹の腕を掴んで自分に引き寄せ、 キスをした。 続 09162009 |