臘月   (ろうげつ)




一年の最終の月は、冬の始まりを告げる響きを持つ。
それでも陽気がよければ、日差しが柔らかに降り注いでのどかな日和となる。
空気が澄んでいるだけ空が青く、昼近い陽光がまぶしい。
京楽はひょいと上げた編み笠の下で目を細めた。
浮竹もこのところは調子が良いようで、隊首会にも顔を出しているし、 隊員たちの稽古を眺めながら、外でのんきに茶などをすすっているのを見かけることもある。
そして昨夜の、いや今朝までの閨房事…。
何とはなしに浮き足立つ京楽は、雨乾堂へ向う。


渡りで清音と一緒になった。
ここ、十三番隊は本日何やらばたばたと騒がしい様子。
「京楽隊長!お疲れ様です!」
「どうも。今日はなんだか賑やかだね」
「はい!大掃除です!」
若い清音は元気よく答える。
「そうなの。浮竹のとこ?入るの?」
「はい!お茶をお持ちしたので」
「そう」
「ご一緒してよろしいでしょうか?あっ京楽隊長の分もすぐお持ちします!」
「ああいいよ。気を使わなくて」
二人は一声かけて雨乾堂の戸を開けた。
そして、

「浮竹」
「浮竹隊長!!」

同時に声をあげた。
清音のは悲鳴に近かった。
京楽のは低い囁きに近い。

まず目に入ったのははたして窓辺に伏した浮竹だった。

目を離した隙に浮竹が倒れているなどという事は、 全く喜ばしいことではないのだがままある。
またここにいるのはそれをよく目にする機会のある二人であるが、 ただ今目の前にある光景に、二人は二の句がすぐにはつげなかった。

それはほんの少し、日常には異質な光景であった。
浮竹の周りには破かれた薬包紙が散々に散らばっていた。
その蝋引きの、白や青、まれに赤い、鈍い光沢を持った紙が ぐったりと倒れた浮竹を中心に大量に散らばっている。

一つ二つが、開け放たれた窓辺からの風でかさかさと転がった。

京楽は中に飛び込むと清音に、
「浮竹の飲む薬に精神系のものはあるの?例えば睡眠薬とか、あと鎮痛剤」
「え、ええ、ええと軽い睡眠薬と…でも、でも」
「大丈夫。軽い睡眠薬程度では死ねない」
「まさか!!」
清音が叫ぶ。
浮竹に限ってまさかそのようなことはあるはずがない。
しかし目前の光景は他の何を意味するのか。
「手伝って」
京楽は浮竹の肩を掴み抱き起こす。
羽織った着物が肩からゆったりとずり落ちるさまに奇妙に色がある。
浮竹はこれを好んでよく着ている。
などと余計なことが頭をかすめる。

抱き起こすと浮竹の指に白い粉が少しついているのが見えた。
京楽は浮竹の頬を叩く。

「浮竹!おい浮竹!」

「…痛い」
浮竹がさも嫌そうに目を開けた。
「京楽…それに清音…」

「隊長〜〜〜」
清音が泣きそうな声を出して膝から崩れた。
京楽も肩でほっと息をつく。
「いったい何するんだ、京楽」
浮竹は叩かれた頬に手を当てて言った。



「あ〜すまん。あんまり気持ちが良いんで寝てしまった」

顛末はこうだ。
隊を挙げての大掃除というのに、自分は一人、座ってろだのゆっくりしてろだの、 さあ、茶でもなどと言われながらちっとも働かせてもらえない。
何か手伝おうとしてもすぐに誰かがやってきて仕事を取り上げてしまう。
仕方がないから自分のものでも片付けることにした。
薬箱を開けると、飲まないで余っている処方薬がたくさんあるので処分することにした。
窓辺が気持ちよさそうなのでそこに持って行くと案の定ぽかぽかと心地が良い。
そして途中で寝てしまった。


「どうにも眠くなったんだ。昨日あまり寝ていなかったし」
清音が京楽を涙目で見る。
「ああ、ああ、それはうん。まあ。僕のせい?」
「しかしどうしてこんなに余りが出るんだい―」
浮竹は下を向いたままちょっと微笑んで固まっていたが、
「隊長!!薬飲むのさぼってましたね!!!」
元気を取り戻した清音が叫ぶ。
「ん?ん。いや。その。いつかのやつだよ」
完璧な微笑で返した浮竹だったが、勇ましい清音はそれに屈指ず 浮竹をぎゃんぎゃんと叱った。



「じゃ、浮竹の大掃除は責任もって僕が見ているから」
「はい。よろしくお願いします」
清音が、頭を下げて退出する。
京楽はひらひらと手を振って、
「お疲れ様だったね清音ちゃん」
と労(ねぎら)った。


「浮竹。まだ眠い?」
散らばった薬包紙をまとめると、京楽は笑った。
「これさあ。このままでも捨てられるじゃない。 証拠隠滅を計ろうとでも思ったの?」
「ん…まあ、そんなところだ」
「こっちにおいで」
京楽が呼ぶ。
浮竹は素直に従った。
「肝が冷えたよ」
京楽が浮竹を自分の膝の間に入れて後ろから抱く。
「悪かった」
「それに暖かいといったって風は冷たいしこんなところで寝たら風邪を引く」
「悪かった」
「素直だね」
「なんだよ」

「それにあれ、清音君や仙太郎君たち。 皆君がとっても好きなんだ。あんまり心配かけてはいけない」
「ああ、分かっている」
「だから心配される」
「…?」
「余計な心配をかけまいとするのはかえってあの二人に失礼ってもんだ」
無理を承知で、海燕君の代わりになろうと必死なあの二人に。
「そういうものかな。俺は感謝しているよ。幸せだ」
「そう」

でもね浮竹。
悲しみはその日限りのものじゃない。
生きていると、生きているそのたびに失ったことを繰り返し繰り返し確認させられる。
君はそのうえさらに副官を置かないという目に見える形を自ら選んで、 それを忘れまいとする。
その痛みに真っ直ぐに向き合い続ける浮竹は、 僕に言わせたら、治りかける傷を毎回自分で何度も抉(えぐ)るようなものだ。
ずっとそれに耐えていくというのかい?
そうすることにずっと耐えていけるというのかい?

「僕はね、君がある日突然にふっと消えてしまうんじゃないかと 不安に思うことがあるんだよ」
「…そんなことを言うのは、お前、疲れているんじゃないのか?」
浮竹は続けて。
「寂しいのか?」
と言った。
「寂しいんだよ」
京楽は笑った。
「京楽、そう難しいことを考えるな」
浮竹は顎を上げて逆さまに京楽を見た。
「愛しいんだよ」
京楽の言葉に浮竹が方眉を上げる。
京楽は浮竹の頭の上に自分の顎をのせて、
「愛しいっていうのは切ないのと同義なのさ」
と言った。





浮竹が京楽の話を
「分かった、腹が減っているんだな」
と締めたその夜、大掃除と偽って隊の皆が隠れて準備した、 浮竹の誕生日を祝う宴席が設けられ、大いに盛り上がった。













12282009
「雪祭り」投稿作品「雪明り」の日の宴会前の話です。



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