トートロジー



「白、という色は”入射光を百パーセント反射する物の表面に見える色”と定義されます。 しかしその入射光は白色光でなくてはなりません。ところが白色光に見える光は自然光のような 可視波長すべてを均等に含む光である必要はありません。ある種の機械では3原色だけで 白色が見えますし、補色同士ですと二つの色光の混色だけで白色が見えます。 つまり白色光は人が白いと感じる光のことであると言えます。 こうして白という色の定義は振り出しに戻り、トートロジーに陥ってゆくのです…」

雨乾堂に藍染が来ていた。
藍染は浮竹の顔から視線をはずし、浮竹の髪の毛に触れていた。
浮竹はそれをぼんやりと見ていた。
二人の距離が必要以上に近かった。

たしか見舞いに来た藍染が、「やはりお顔の色があまり」良くないとかなんとか言って話し始めたはずだ。
浮竹は白髪はなうえもともとの肌も白い。
そんな話になった。
藍染は、つと顔を上げて「美しいですね」と口の中だけで言った。
「ん?なんだ」
「いいえ。なんでもありません」
藍染は微笑してもう半身浮竹に近寄った。

「…ところがですね、現実には入射光を百パーセント拡散反射する物体表面の色は存在しません。 しかも黄みの白より青みのある白のほうがより白いと感じられてしまうのです。 誰もが当然のように知っている白、という色は、実は完璧な白という色見本は存在しないということです。」

「なに。ずいぶんと難しい話をしているねぇ」
藍染はびくりと顔を上げた。
「これは…京楽隊長」
「こんばんは、惣右介君」
「なんでこっそりと入ってくるんだ」
浮竹がのんきそうな顔を上げた。
霊圧を消して、という意味だ。
「海燕君はいないの」
「ああ、俺の代わりに出てもらっているんだ」
浮竹の声を聞きながら京楽は目だけで藍染を見、そして
「いや、なに。深い意味はないよ」
と言った。
藍染は自然な動作で浮竹から離れ、軽く頭を下げた。
それから浮竹に向かって
「本日は体調不良のところに長々失礼いたしました。 私はこれで失礼いたします。どうぞお身体お大事になさってください」
と言った。
「ああ。ありがとう。またいつでもおいで」
浮竹はにっこりと笑って言った。
京楽は黙ってそのやり取りを伺っていたが、藍染が部屋を出ると ようやく持っていた荷を降ろし、編み笠をはずしてくつろいだ。
「あいつはいつもあんなに難しいことばかり考えているのかなあ」
藍染が去っていった方向を見ながら浮竹が妙に明るい声で言った。
浮竹はいつも妙に明るいと京楽は思う。
「…浮竹。君ねぇ、口説かれていたんだよ」
「は?口説く?誰が?」
「惣右介君が。君を」
「はは。なぜ。藍染は色の話をしていたんだよ。白がどうとか」
「白が、美しいってね」
「そう…も言ってたかなあ」
「あぶない。」
京楽は大げさにため息をついて、もう一度
「あぶないあぶない」
と言った。

京楽は藍染が、
「つまり私たちは、いまだ理想的な白を追い求めているのです。」
と、普段の彼からはうかがわれない、熱のこもった目で浮竹を見ながら話を締めて出て行った のを反芻した。

と、
「京楽も食べるか?」
浮竹は藍染の持ってきたどこかの老舗店の和菓子を勧めた。
「浮竹さ、君さ。もうちょっとなんていうか、さ」
「なんだよ」
「んー。抽象的なことについてあまり惣右介君と話すものじゃないよ」
「そうだなあ。すっかりおいてけぼりだった。何を言っているのか 全然分からない。熱で頭もボーっとしていたし」
「ぼうっとしていたのかい!惣右介君の前で!」
「ん?ああ。藍染にすまなかったな」
「あぶないよ。あーあぶない。僕の身にもなってくれよ。君が心配でしょうがない。もう少しさ、」
しっかりしてくれよ、と言おうとしたところで浮竹がゆっくり前に崩れてきた。
「おい、大丈夫かい?」
「ああ。少しめまいがするだけだ」
京楽は背が冷えた。
「めまいだけかい?」
「…」
「あっ…ははははは!」
「浮竹?」
「ははは。いやすまん。笑いたくなった」
「は?」
京楽は浮竹をじっと見た。
「悪い冗談だ」
「ごめん」
触れた浮竹の体が熱い。
変に明るいのも笑い声が大きいのもきっと熱が高いせいだろう。
案の定こんこん、と咳き込み始めた。
「今日はもうゆっくり休むといいよ。ボクはこれで帰る―」
浮竹が京楽の着物の袖をつかんだ。
「まだ来たばかりじゃないか。怒ったのか?」
「いや。そうじゃないけど」
「じゃあまだ少しここにいろ」
「寂しいのかい?」
「退屈なんだ」
「…寝ていなさいよ。ま、海燕君が帰るまでここにいよう。君ひとりじゃ危なっかしくてしょうがない」
「…」
「浮竹?」
「トートロジーだって…」
浮竹にしては小さい声で言った。
「同語反復だな…白は白、か」
「何?」
「なんとなく……。」
「…」
「浮竹?眠ったの?」
「うん。眠くなった…」
「藍染は…」
「うん?」
「それを言いに…来たのかな…」
「だから…君を口説きに来たんだよ」









05/2009 浮←藍気味。白が好き。念願かなって天に上ったあと衣装は白に統一。
藍染の台詞は主婦の友社「色の名前507」より抜粋。私もよく意味分からん…。