LOVE & PEACE 16 心身ともにまさにボロボロになって、やっともつれ合うように事務所まで戻ってくると、浮竹はがくりと膝を落とした。 「おっと」 「すまん、運動不足だ」 とっさに支えた京楽は浮竹を見やる。 「そうだね。浮竹はこれから少しずつ公園にでも歩きに――浮竹!」 浮竹が奇妙な揺らぎ方をしてずるずると壁に崩れた。 顔色が悪い。顔の方へ持ち上げられていく手がガタガタと震える。 「浮竹、どうした?どこか痛めた――」 京楽の声が打ち消された。 浮竹が絶叫した。 「ああああああー!!!」 「浮竹!」 「ああ!ううううう」 手で顔を覆うようにしてぎゅっと悲鳴を抑え込もうとしているその悲鳴が狂気を孕んでいた。 それから手は今度は頭を、いや耳を必死で押さえているのだがそれも無駄だ。 聞こえてくるのは耳からではないからだ。 「揺り返しか…」 京楽が低く呻く。 どれもこれも誰も彼も、思考が浮竹の頭を行き来する。 そこらじゅうのもの全ての人という人、物という物、空気からでさえ浮竹を襲ってくる。 自分の意識が保てない。 騒音で何も聞こえない。 頭が割れる。 破裂する。 「浮竹!浮竹!」 京楽が浮竹の肩を掴み、自分の方へ向けさせる。しかし視線が合わない。 作り付けの棚に置いてある車のキーが受け皿ごと薙ぎ払われた。浮竹のお気に入りの置物はタイルに落ちて割れ、壁に飾ってあった京楽の好きな映画のポストカードが入った額縁のガラスは割れて浮竹の手を傷つけた。京楽は浮竹の手を力づずくで自分につなぎ暴れる浮竹を拘束した。 「浮竹!僕の方を見て。僕の目を」 耳元で大きな声を出してもきっと聞こえない。京楽は声は緩めて心で強く呼んだ。 浮竹は、なにかとても眩しいものを見るように、乱れた白髪の間から、しかめてしかし京楽を見つけた。 「…京楽」 「そう。僕」 「京楽」 「うん」 「京楽…。京楽、京楽、京楽…!俺を、何も、何も分からないようにしてくれ!ああああ! 何も受け取りたくはない!俺の頭を空にしてくれ!」 始めて浮竹から縋った。しかし京楽は短絡的に過去と同じことをしたくなかった。口を結んで奥歯を噛みしめる。 しかし、 「俺を殺してくれ!」 という浮竹の叫びを聞いて迷わずすぐに抱きしめた。 強く抱いて絶叫する浮竹を押さえつける。 浮竹の体を腕で自分に縛り付けながら、悲鳴を上げる口を噛むようなキスで塞ぎ、肌に触れ、絶叫を更に吸いこんでしまう。 突然、京楽は天地のない暗闇に放り込まれた。 光も何もない、足元もない。 宇宙空間とはこのようなうな場所だろうか。 転地左右の分からない恐怖に駆られた。 海に深くもぐりすぎたダイバーの起こすようなパニック。 そこに弱く明滅する光があった。 手をのばす。 直感だった。 浮竹だ。 「ああっ……!」 浮竹が京楽の腕の中で震えた。 乱した服がそれで濡れた。 「浮竹」 浮竹は荒い呼吸で薄く目をあけ、京楽をその瞳に捕らえると、迷いなく縋りついた。 浮竹が初めて自分から助けを求めている。 浮竹が自分を求めている。 自分を呼んでいる。 横抱きに抱いてベッドへ運ぶ。 横たえさせると浮竹の服をはぎ取った。 浮竹は呻きながら待っている。 京楽が自分を楽にしてくれるのを待っている。 京楽が体のどこに触れても浮竹は強く感じて身体を震わせた。 髪を乱しながら押し寄せる快感に首を振る。京楽は煽られて浮竹を獰猛に抱く。 足を開いて、お互いの顔が見えるようにするとぐっと浮竹の中に押し入った。 力を入れて腰を抱えた。 「あああああ……!」 浮竹が激しい息の下でやはり時々悲鳴を上げる。 「浮竹、浮竹、浮竹。僕が分かる?僕を感じて――僕だけを」 浮竹は普段にはきっと隠すような荒い喘ぎも甘い嬌声も抑制できなかった。 「きょ、京楽」 「そうだよ、僕だよ。浮竹」 「きょ、京楽、京楽、京楽、京楽、京楽…」 京楽の名前だけを呼ぶ。 「浮竹っ」 京楽は浮竹にひとつも余裕など与えないようにしたかった。 「京楽…」 浮竹は酔い続ける。 「お、俺は……だ、抱かれているのか」 「何――」 「俺を抱いているお前の感覚が同時に来る」 「お前に抱かれているのと同時にお前が俺を抱いている感覚が――あああ!」 荒い呼吸の中で浮竹が口走る。 「ん、んんっ……。あっ。同じなんだっ……同時に来る」 浮竹は眉根深くよせながら目を瞑って凌ぐ。京楽に抱かれている自分の感覚と、浮竹に欲情して抱いている京楽の感覚が入り混じって入って来て倍の強さになって襲ってくる。 浮竹を抱くとはそういう事か。京楽はその業を改めて思い知る。 痺れるような快感の強さに浮竹はとうとう泣き出した。嗚咽しては呼吸を乱した。 「く、苦しい」 「浮竹」 「だめだ、止めないでくれ……!」 「大丈夫。止めない。浮竹、呼吸を、僕に合わせて」 背をさする。 「もっとゆっくり…そう、そう」 二人の呼吸が重なり合う。胸が上下する。 嵐のような海はやがて凪いで、ゆっくりと二つの魂が重なり合う。重なり合いながら浮竹は臨界を何度も迎えた。悲鳴に近い声を上げ、すすり泣いた。京楽はなだめるように髪を撫で、「きみの中に出すよ」と言ってゆっくりと自分のものを注いだ。 何度目かの後、浮竹は気を失うようにして深い眠りに落ちた。 深夜、二人はどろどろに疲れていた。浮竹はふと目を開けると隣に転げているだけの京楽を見て、目を細めた。笑ったのだ。浮竹を包む闇は、もうそこにはなかった。 END(「LOVE&PEACE」) 一番書きたかった、でも一番苦しかったLOVE&PEACEにお付き合いいただき、ありがとうございました。 05192012-03012014 |