ほねつぎ (その十五/最終章) 「鍼灸も出来ます! 置いてください!」 野太い声がほねつぎ 浮竹十四郎≠ノ響く。 「ああ、ええと」 「小椿仙太郎と申します!」 入院中に出会ったリハビリテーション科の青年だった。 胃潰瘍にリハビリも何もないのに殊の外浮竹に付きまとうので尋ねると、 実は子どもの頃交通事故に合い、 救急車到着まで悶絶してたところを浮竹が通りかかり応急処置を施してくれ、 それが良かったおかげで何の後遺症もなく完治し、 自分の人生でそれしかないという柔道を今の今まで続けてこれたので 感謝してもしきれないのだと言う。 何分幼い頃のことなので顔しか覚えていなかったが、 今になってこうしてまた会えたのも運命の巡り合わせだと、 そして自分の今この道を歩いているのもそれがあったからこそなのであるということを延々と語った。 ところでほねつぎ 浮竹十四郎≠ヘ京楽の病院と医療の連携を図ることになった。 祖父の時代にはそのような考え方はまだあまりなかった。 しかし整形外科でレントゲンを撮って異常が無ければ痛み止めを出して終わり、 と言われた患者が続く痛みを訴えて接骨院に流れてくることは少なくない。 それでそういう患者に実際に触ると明らかに患部に異常を認めることがある。 医療である整形外科では、明らかな怪我をしていなければ治せない。 つまり怪我になるまでは治療に着手できない。 しかし接骨院では傷んでいる状態から、身体を正常に戻すという考え方がある。 浮竹は学生時代と祖父に徹底して筋肉のどの部分が凝っているのか、 傷んでいるのか、そういう見分ける技術を教え込まれた。 レントゲンに写らないという言わば医科学的に証拠のない痛みや、 精神的なストレスなどから来る痛みに対しては無力な整形外科に対して、 ゆっくりと時間を取って診られる接骨院は、理由の無い痛みなどないこと、 精神的な苦痛だからこそ親身に対応する必要があるのだという方針をとること、 そしてそれは強みでもあるということも、ずっと祖父の教えであったので、 浮竹はそれを忠実に守って来た。 そういう丁寧なフォローを浮竹に頼み、 そうして京楽の病院の方の整形も患者を見離しにすることのない仕事が出来るようなり、 また浮竹ももう一人くらい雇える余裕が持てるようになった。 卯ノ花女史の口添えがあってか、京楽のかねてからの努力が実ったのか、 そこのところは京楽は教えてくれない。 そして、 「ああ〜!」 「仙太郎!」 受け付けから高い声が上がった。 「虎徹清音!」 青年も飛び上がる。 「なんだなんだ、お前たち知り合いなのか?」 「中学校で同じクラスだったんです! 部活でもライバルで!」 「ライバルって柔道は男女別だろう?」 「成績ランキングです!」 浮竹は笑って、 「そうかそうか、仲良くやってくれ」 と言って仙太郎を採用した。仙太郎は男泣きした。 中の騒ぎも早々にほねつぎのドアが開く。 「先生〜、元気すか? 胃に穴開けちゃったんだって?」 続いては黒崎一護の登場だ。 「ああ。一護くん。穴は開いてないよ、潰瘍だ」 「痛そっ。気を付けてくださいよ〜。うちの運動部の連中、 浮竹さんを当てにしてんだから。あ、これ差し入れです、アイス」 「うん。気をつけるよ。ありがとう。あっソーダ味だ」 いただこうか、と言って浮竹はうれしそうに先の二人にも貰ったアイスを箱ごとまわす。 「肩の調子はどう?」 「はい、それはもうすっかり」 「無理はするなよ」 「先生も」 「ああ。無理はもうしない」 と言って微笑んだ浮竹の表情があまりにも 何と言うか只ならぬ綺麗さだったので 一護はちょっと目を剥いた。 何かあったかと思うがそれは聞かないで代わりに、 「あとさあ、考え事がある時に骨格標本に相談するのもどうかと思う」 と言った。 「うん?」 「浮竹さんさあ、悩み事とか考えなきゃいけないことがある時、 そこの骨格標本に話しかけるじゃないですか」 「そうだったかな」 そっすよと笑う。せっかくいい男なんだから評判落とすのもったいないぜ? と。 「そうか、そうかな。気をつけよう。 悩み方を知らないと戒められたばかりだ。うん。そうだ、そういえばあいぞめくんは元気か?」 「ああ……あいぜんね」 一護は上向いて頭に手をやり、ぷっと笑って話し出した。 「元気元気、てか、あいつ―」 藍染少年は、ある日突然それまでの眼鏡を止めてコンタクトにし、 髪形も変えて登校し、その日のうちに次期生徒会長に立候補を表明した。 それまで大人しく目立たない生徒だったがその変わり様に女子達が すっかり心酔して人気が出て、 あいつもともと顔悪くねえし成績も良いから案外会長に受かっちゃうかもな、と言う。 「あはは〜、そうかあ」 と二人でひとしきり笑った。 もう間もなく夏が来る。 少年も少女も皆それぞれに何かを経験し何かを得て大人になる。 例え何事も成せずに、または何かを失くしたとしてもその苦しみでまた大人になる。 浮竹は良く晴れ上がった空を仰ぎ見た。 「浮竹え〜」 またほねつぎのドアが開き、のんきな声がした。京楽春水が入って来たのだ。 「お迎えだよ〜。あっ。浮竹、冷たいものはまだあんまり良くないよ」 「お迎え?」 「ああ、これから毎日、お昼ご飯を食べさせてくれることになったんだ」 「なんすかそれ」 「妻だ」 ぶっ。一護が吹く。 「ご飯作ってくれる方が妻だろう?」 と真顔で言う浮竹に、 「いや、どっちかって言うと……まあいいか」 と誤魔化して一護がよかったっすね、と言う。 「なになに。何の話?」 本日もほねつぎ 浮竹十四郎≠ヘ盛況で、 八月まで続く七夕飾りをなびかせた商店街は華やかだ。 梅雨は明け、強い日差しと人々の賑やかさを引き連れて、暑い夏がやって来ていた。 了 もぐもぐうっきー完結です。ありがとうございました! 0715.2011 |