月 光 (下) *諸説都合のいいようにしています。血液の表現があります。ご注意ください。 明かり一つない部屋に人影が二つ、あやしく蠢く。 薄い胸板を激しく上下させながら、浮竹は呼吸を荒げてか細い声を上げ、京楽を求めた。 「驚いた。キミ、欲情すると瞳がピジョンブラッドに変わるのか」 「…逃げるなら今だぞ」 「逃げる?何から」 「俺はもう自分を押さえられない」 浮竹のそれは悲鳴に近かった。 浮竹は自分の高ぶりが昇りつめる刹那、長い犬歯を剥きだして京楽の首の根元に噛みついた。 二人は動かなくなった。 京楽の方は時折ばたん、ばたん、と足を投げ出すように痙攣させた。 正確に頸動脈を打ち抜いた皮膚から、浮竹十四郎が唇を真紅に染め、咽喉を上下させて恍惚と血を啜っている。みるみる肌は潤いを戻し、髪は艶めきを増し、頬はバラ色を呈した。 長い間そうしていた。人ひとりの血を吸い尽くすのには十分な時間が必要だった。 最後の一滴まで吸い尽くすと、無造作に京楽を放り、浮竹は一度離れた。 京楽は顔色をなくしぐったりして動かない。 浮竹は目を閉じて呼吸を整えると、引き出しから何か取り出し京楽の元に戻った。手の中には拳銃が握られていた。京楽に向かって銃口を向ける。頬からはらりとほんの小さく光るものが落ちた。 「…ちょっと、待ってくれる」 浮竹は明らかに狼狽した。 「ま、まだ息があるのか?信じられない。い、今楽にしてやる」 「だから待ってって」 浮竹が唇を血で染めたままぱくぱくと動かした。何か言おうとするが言葉がでない。 「恐れを抱きながら毎夜血を吸われる乙女の気持ちが分かったよ。ボクでもこれは堪らない」 「!?」 「すごく良くてボク、途中で止められなかった」 「お前…うっ…」 「おかげで起き上がれないや…なんで泣いてるの?」 「うっ…いいい今、楽にしてやる…から…うっ…」 「いつもこんなことをしているの?それで泣きながら殺すのかい?」 京楽がゆったりと話しかけてくる。浮竹の方は大粒の涙をぼろぼろと零して泣いているうえ、大変混乱していた。 「お、お前も…っ俺と…同じものに…ならない…よう、に。うっ」 「キミと同じに。ヴァンパイアに?そうか…。そうなのかキミは…」 京楽はうんと一つ打って、 「だがほとんどが成功しない、死に際までのた打ち回って苦しむか、理性の消えたケダモノのようになってしまう事がほとんどだ」 「うっうっ…だから…」 「ボクはならない」 「…?」 「ごめんね、ボク、ダンピールなんだ。この程度では死なない」 「ダン…ピール…ハーフヴァンパイアか」 笑うと京楽は、 「こっちへおいで。十四郎」 と呼んだ。今度は京楽の目があやしい光りを帯びた。 浮竹は言われるままにベッドへ近づき、へなへなと座り込む。 「それは置いて」 握られた拳銃を指から外した。それから呆けている浮竹の頬を両手で引き寄せて口づける。二人は抑えが利かなかった。先ほどの快感がよみがえる。浮竹は京楽にしがみついた。 「あっ……」 と小声を漏らすなり、しかし浮竹は京楽から離れた。 「どうかした?」 月光より白い太腿に一筋、赤いものが伝い落ちる。少し後からまた伝い、落ちる。 そうしてシーツに小さな血のシミを作った。鮮血は潤って落ち、シーツに染みて曇るがまた新しい血が落ちてきて潤い、そしてシーツに染みる。 「えっと…ボク、そんなにひどくした…かな?」 顔を覆ってしまった浮竹は強く被りをふるうと慌ててベッドから降りてしまった。 「どうしよう…」 「どこか怪我したなら――」 浮竹は必死になって首を振る。はじめて会った時とは別人のように、青白かった頬から首のあたりまで赤く染めあげていた。 「いや、その、悪かったね…」 浮竹は蚊の鳴くような声で、 「ちが、違うんだ。…女に…なった…」 と言った。 京楽は一瞬きょとんとしたが、会得のいくように、 「それは…」 と呟く。 「キミ、純血種か」 浮竹は俯いたままこっくりと頷く。 「純血種の、つまり生まれながらのヴァンパイアに性別はない。相手が女なら男の身体に、相手が男なら女の身体に変化する。つまり、キミは、ボクを選んでくれたっていう訳か」 「…体が選ぶんだ」 「これ以上ないような求婚の仕方だね」 「俺を始末、しないのか?」 浮竹は気弱く尋ねた。 「ハーフヴァンパイアってことはお前、ハンターだろう?」 「そうだけどしない。ボクは依頼がなければ仕事はしない。キミを始末しろという依頼は受けていないからね」 「じゃあなぜついてきたんだ。いつから気づいていた」 「バーでキミの吐息を聞いた時。ついてきたのは、キミが好みだったから」 ハーフヴァンパイア、ヴァンパイアと人間の間の子、というのはまれに存在する。そしてバンパイアに匹敵するかそれ以上の能力を持つことも珍しくはない。喧騒の中で京楽の耳は浮竹の呼吸を聞き分けたのだ。 「ねえ、ボク動けないんだけど」 「す、すまない」 「もう一度口づけたい」 「帰れ」 「動けないったら」 「動けるようになったら帰れ」 「キミに結婚相手に選ばれて帰る訳がない」 「物好きだな」 「敵方のハンターに惚れちゃうキミの方が物好きだな。キミはボクの正体に気づかなかったかい?」 浮竹は恥入るように唇を噛む。 「ほら、おいで、ボクのハニー」 「やめろ」 京楽の瞳が優しくなって深い声で言う。 「ねえ、永遠の孤独はさぞつらかろう。しばらく僕と一緒に過ごさないか」 浮竹は噛んだ唇を震わせ、目を伏せると涙の名残を一粒頬に伝わせた。 そして返事の代わりに、ベッドに横たわるこの不思議な男に口づけをした。 end 久しぶりの短編です。いろいろと都合がいいようですが楽しんで書きました…。ありがとうございました! 11032013 (11042013 加筆訂正) |