木の下月夜 (このしたつきよ) 浮竹に呼ばれた。 京楽春水はぼんやりと堂の渡りに立っていた。 息を吸って竹編の御簾を上げると、浮竹が座していた。 「来たな」 「来たよ」 浮竹が倒れて、それから二度目の来訪である。 「腹を決めたか」 「ああ……うん。迷惑をかけたね」 「全くだ」 京楽は頭をかいた。 「入るよ」 「ああ」 浮竹は文机の前でこちらに体を向けて正座をしていた。 京楽はそのすぐ前まで大股に来ると腰をかがめ、浮竹の後頭部を支えて口づけた。 泡を食った浮竹が手で制しながら言う。 「待て。確かめたいことがある」 「なに」 「本当にその……お前は、」 「僕もだ」 「きみ、本当にいいのかい?」 「……」 浮竹は目を瞑ると、今度は自分から京楽に口づけた。 京楽はその背を捕まえて、自分へ強く引き寄せた。 京楽は、形よく整った薄い唇を舌でたどった。 そして何度も何度も確かめるように口づけた。 引かれあうのを惜しむようにお互いが離れると、目が合った。 初めて目が合ったような気がする。 浮竹が情に潤んだ目でこちらを見ている。 目を離さないで見つめあったまま、着物の帯を解いて、袷を開ける。 衣擦れの音は、静かな堂の夜に艶めいて響いた。 およそ肌という肌に唇を滑らし、舐めて含み愛撫し、お互いを求めた。 浮竹の絶頂が近い。浮竹は京楽の腕を掴んで訴えると、 「抱いていてくれ」 と刹那に言った。 京楽は頷いて、自分の腕の中で震えるその体を包み込むようにして抱いた。 次いで自分が果てた後も浮竹を抱いて離さずにいた。 それからしばらく経っても、撫でたりくしけずったり離れない京楽に、浮竹が笑って、 「優しいんだな」 と言った。 「……」 「どちらが本当だろうな」 「そりゃもちろんこっちさ」 「怪しいな」 「もうご勘弁」 「待っていた……」 「ごめん」 「きみを抱きたくないのかんのとごねたのは、抱いたら最後、僕はきみに一生捕まると思っていたからだよ」 「それで今は」 「きみを離さなきゃあいい」 蝉はもう鳴いていなかった。 宵には秋風の混じるような季節に、寄り添う二人を そんな二人を 月だけが見ていた。 了 (木の下シリーズおしまいです) 09062012 |