雨雪宿り   (あまゆきやどり)




朝から霙(みぞれ)が落ちていた。
冷たく吹き切る風が人を拒み、 皆凍えて自分の足元だけを見て通りを急(せ)く。




ところで、薄く白んだ屋根の下からはおっとりとした声がする。

「みぞれなんて夜にしか降らないと思っていたよ」
「キミは何年を生きているのかね」
「イメージだ、イメージ」

「さらさらという音がするな」
袖をめくられて白い手を伸ばす。

「寒いからもう入りなさい」


存外素直に戻って来た浮竹は、京楽の前に腰を下ろした。
「いつまででも居ていいぞ」
「何」
「気の済むまで居ていい」
「…」

「どうも」

という京楽の言葉が雨乾堂にゆったり浮いた。





京楽がここを訪れた時分、堂主は初冬に引き込んだ風邪を こじらせていた。
十三番の世話役が、食事だ水だ、薬だ着替えだと、 休みなしに出入りを繰り返していたが、 自分に遠慮して誰も長居はしなかった。

浮竹は食事に手は付けても進まない。

ぐいと仰向いて含んだ散薬を咳き込んで零した。

夜の雨乾堂は静かだったが、浮竹の咳は夜中のほうが酷かった。

浮竹はうるさいだろうが我慢してくれと言った。



翌朝は浮竹の顔色が少し戻っていた。
そこでさっそく杯を持って来て隣で飲んだ。

京楽は黙って酒を注いで、 時々浮竹にそれを差し出す。 浮竹が受けようと手を出すとその手のひらに、代わりに綺麗な色の 金平糖を乗せてからかったりした。

昼になると浮竹はのそのそと布団から這い出て、自分の文机に積みあがっている 書類の束をぺろりと摘まんで見ていたが、京楽がその上から銚子を乗せた。
「邪魔だな」
「倒さないように引き抜いてごらん」
「無理だ」
「じゃあ諦めなさい」
京楽に諌めされて浮竹は渋々布団に戻った。

夕刻少しうなされた。
浅い眠りを繰り返している浮竹はしばしば夢を見ているようだった。 そっと手を取った。
「浮竹…起きるかい?」
とんとん、と肩を叩く。浮竹はすぐに目を開けた。
そして枕元の水をゆっくりと含むと言った。
「おかしな夢だった」
「一体どんな」
「覚えていない」
「じゃあ忘れなさい」

「夜は添い寝をしてあげよう」


そう言った京楽は隣に布団を敷かれていたが、 寝付いた浮竹の側によると浮竹の布団をめくって中に入った。

暫くじっとして、浮竹のつくったぬくもりを感じていた。

それから胸の上に覆いかぶさると浮竹の襟を開いた。
「狭い」
ほっそりした浮竹のあごのラインを舌でたどると、 そのまま首筋から鎖骨まで下がった。そこで一度きつく吸う。
浮竹の声にならない吐息を確認して、わき腹を撫でて帯を緩める。

京楽は黙って浮竹の温度を上げていった。
浮竹がくぐもった声を漏らし始めると、熱を確かめた。
腰を持ち上げて、労わるようにゆっくりと割り入る。
すぐには動かずに長くとどまり、それから時折静かに揺すった。

「…そんな風にしないでくれ」
「ふふ。キミは多少強引なのでもついて来るが、時々こうして やるとうっかり泣くだろう。それが好きなんだ」
「言っていろ」
「風邪を引いて弱っているから優しくしているんだよ」
「弱っているのはお前だろう」
「…」

「何かしくじったか」
「…多分ね」
「そうなのか」
「何も言わないでね」
「何をしくじった」
「内緒」
「そうなのか」
「そうなの」



次の夜も京楽は浮竹に寄り添って、一つ布団で寝た。
そうして雨乾堂にだらだらと居ついて三日経った後、
「さあて。帰るとするか」
と言った。

最後に杯を差し出すと、浮竹は京楽を上目に見て笑い、
「その手にはのらん」
と言ったが京楽はその手を引いて口づけた。

体制を崩した浮竹を少し強引に自分に引き寄せて肩を抱き繋がりを深くすると、 ついと離れて、背伸びした。


「お世話になっちゃった」

「構わない。ただ、お前は簡単につらいつらいと言うくせに、 本当につらい時には口をつぐむのが悪い癖だ」

浮竹の言うのを微笑んで京楽は、
「この三日居て分かったが、お前さんは幾らかつらい時も余程につらい時も何も言わずに、 さもするとすると笑ったりなどするからから厄介だね」

浮竹は微笑んだだけだった。

「じゃあまた」

「ああ」






「ああそうだ言い忘れた。好きだよ、浮竹」
















寒くなりましたね。うったけチャージに来た京楽さん。雨雪はみぞれのこと、タイトルは造語です。
1202-12015.2011






戻る